ヘメリアのエトランゼ 〜冬晴るる空に想い馳せて〜
第五章 冬晴るる空に
5-1
目覚めるとそこにイスカがいた。
「カナタ様、ご無事で」
帰りが遅いことを心配したイスカが茅葺き屋根の家まで様子を見に来てくれていた。
程なくしてクリュティエが意識を失ったままの僕を乗せてここにやってきたという。
僕を置くと、何も言わずにどこかに飛び去っていった。
それを見たイスカがつきっきりで治療してくれたのだ。
しかし、そこにシルフィの姿はなかった。
イスカも僕たち以外見ていないという。
経緯を説明し、治療してくれたことに感謝した後、真っ先に向かったのはシェラプト湖畔。
しかし、そこには誰もいなかった。
次に向かったのはシルフィの部屋。
そこにもいなかった。
町中探し回ったが、誰も彼女のことは見ていないと言う。
一体どこに行ったんだ?
もしかしてあのまま飛竜の餌に?
だとしたらいままでの努力は何だったんだ?
彼女を守るために戦ったのに、逆に守られて僕だけ助かって。
こんな別れ方ありかよ。
ぶつける先のない憤りの矛先にさらに憤る。
途方に暮れ、ハルモニア中央広場のベンチに腰を落とす。
足元を歩く小鳥たちは僕の感情など露知らず餌を探し歩いている。
このまま別れも言えないままなんて……。
「おい、地上人」
聴いたことのある声に反応した小鳥たちが逃げるように飛んでいった。
顔を上げると、そこにいたのはクリュティエだった。
「乗れ」と言われ、向かった先はファルケン草原。
キュクノスたちが何かを囲むようにして腰を落としている。
中央にいたペテロが道を開けると、彼女はそこにいた。
気持ちよさそうに身体を丸めてすやすやと眠っている。
その手から見える血管は燻んだ紫色になっていた。
ごめん。
眠る彼女の手をぎゅっと握りしめながら呟いた。
自分の命を削ってまで僕を守ってくれたのに、何もできなかった自分が心底情けない。
フェニックスは召喚系の中でも最大級の力を持つ反面、使用者の相当数の血を消費するため、よほどのことがない限り使わないそうだ。
それを使わせてしまったなんて。
後から訊いた話だが、フェニックスとの長い戦いによってレブレは意識を失い、その隙にクリュティエが僕を拾い、ペテロとキュクノスの群れはシルフィを連れて飛竜島から脱出した。
しかし、フェニックスの召喚が終わると同時にレブレに合流してきた他の飛竜たちに見つかったため、二手に分かれて難を流れた。
シルフィのそばに置いてあるマルアハの水を眺める。
手の中に収まるくらいの小さな瓶に入った水。
飲めて二口分程度の量しかない。
アブラメリンの書の通りだと、これを飲めば一時的に重力を無効化できる。
どうしても彼女が空を飛ぶところを見たい。
そう思いながらじーっと寝顔を見ているとその可愛さに改めて見惚れた。
すると、彼女が目を覚ました。
寝起きを見られて恥ずかしいのか、紅潮させながら顔を隠す仕草がとても可愛かった。
「具合どう?」
「うん、大丈夫。カナタくんも無事でよかった」
そう言いながらも彼女の血管の色は戻らない。
すっくと起き上がった彼女は待ち望んでいたかのように水を持って草原の真ん中に向かう。
「一緒に飲も」
ぎゅっと手を握りしめたまま残りの分を飲み干す。
少し待ってみたが何も起こらない。
羽が生えることもなく、宙に浮くこともなかった。
空を飛ぶということは人類からしたら垂涎の的。
飛行機ができ、気球ができ、宇宙にまで行けてしまう時代。
この世界の人たちからするとそれが日常にあるなか、彼女にら地上人と同じ気持ち。いや、それよりも大きな劣等感と闘ってきたのだろう。
たくさんの協力があってようやく手にしたこの水。
他に足をつけ、重力に従ってきたが、この魔法の水で空を飛ぼうとしたのに彼女の夢が叶うことはなかった。
こんなにも非情なことがあるのだろうか?
これ以上彼女の哀しむ顔は見たくない。
つないだ手を引き、優しくそっと抱き寄せる。
「ねぇ、カナタくん」
目の前で彼女が空を飛ぶところを見たかった。
一緒に空を飛んでまだ見ぬ景色を見たかった。
辛くて顔を見られない。
「私、宙に浮いてる」
彼女の幸せに満ちた笑顔を見たくてここまで来たのに、こんなのありかよ……って、えっ⁉︎
足元を見ると、白い光に包まれ宙に浮いていた。
「ねぇ、宙に浮いてるよ」
黒く美しい羽が僕らの背中に生えると同時に身体が宙に浮く。
これは幻影?
いや、つないでいる左手のぬくもりはさっきよりもたしかにあったかくなっていた。
悪魔の子と呼ばれてきた彼女の黒い羽はとても美しく、それは天使というより女神に近かった。
少しだけ震える手をぎゅっと握りしめながら空の旅路に出た。
アネモイの想いも背負って。
雲海の隙間から見える青い空はいままで見たどの空よりも美しかった。
少し冷たい風が心地よく、まるで音色を奏でるように髪を靡かせる。
これ以上ないくらいの幸せを噛み締め、冬晴るる空に手をつないで二人だけの世界を味わう。
「カナタくん、私たち空を飛んでるよ」
生まれてはじめて自分の力で空を飛んだ彼女の瞳は星のように光り輝いていた。
目覚めるとそこにイスカがいた。
「カナタ様、ご無事で」
帰りが遅いことを心配したイスカが茅葺き屋根の家まで様子を見に来てくれていた。
程なくしてクリュティエが意識を失ったままの僕を乗せてここにやってきたという。
僕を置くと、何も言わずにどこかに飛び去っていった。
それを見たイスカがつきっきりで治療してくれたのだ。
しかし、そこにシルフィの姿はなかった。
イスカも僕たち以外見ていないという。
経緯を説明し、治療してくれたことに感謝した後、真っ先に向かったのはシェラプト湖畔。
しかし、そこには誰もいなかった。
次に向かったのはシルフィの部屋。
そこにもいなかった。
町中探し回ったが、誰も彼女のことは見ていないと言う。
一体どこに行ったんだ?
もしかしてあのまま飛竜の餌に?
だとしたらいままでの努力は何だったんだ?
彼女を守るために戦ったのに、逆に守られて僕だけ助かって。
こんな別れ方ありかよ。
ぶつける先のない憤りの矛先にさらに憤る。
途方に暮れ、ハルモニア中央広場のベンチに腰を落とす。
足元を歩く小鳥たちは僕の感情など露知らず餌を探し歩いている。
このまま別れも言えないままなんて……。
「おい、地上人」
聴いたことのある声に反応した小鳥たちが逃げるように飛んでいった。
顔を上げると、そこにいたのはクリュティエだった。
「乗れ」と言われ、向かった先はファルケン草原。
キュクノスたちが何かを囲むようにして腰を落としている。
中央にいたペテロが道を開けると、彼女はそこにいた。
気持ちよさそうに身体を丸めてすやすやと眠っている。
その手から見える血管は燻んだ紫色になっていた。
ごめん。
眠る彼女の手をぎゅっと握りしめながら呟いた。
自分の命を削ってまで僕を守ってくれたのに、何もできなかった自分が心底情けない。
フェニックスは召喚系の中でも最大級の力を持つ反面、使用者の相当数の血を消費するため、よほどのことがない限り使わないそうだ。
それを使わせてしまったなんて。
後から訊いた話だが、フェニックスとの長い戦いによってレブレは意識を失い、その隙にクリュティエが僕を拾い、ペテロとキュクノスの群れはシルフィを連れて飛竜島から脱出した。
しかし、フェニックスの召喚が終わると同時にレブレに合流してきた他の飛竜たちに見つかったため、二手に分かれて難を流れた。
シルフィのそばに置いてあるマルアハの水を眺める。
手の中に収まるくらいの小さな瓶に入った水。
飲めて二口分程度の量しかない。
アブラメリンの書の通りだと、これを飲めば一時的に重力を無効化できる。
どうしても彼女が空を飛ぶところを見たい。
そう思いながらじーっと寝顔を見ているとその可愛さに改めて見惚れた。
すると、彼女が目を覚ました。
寝起きを見られて恥ずかしいのか、紅潮させながら顔を隠す仕草がとても可愛かった。
「具合どう?」
「うん、大丈夫。カナタくんも無事でよかった」
そう言いながらも彼女の血管の色は戻らない。
すっくと起き上がった彼女は待ち望んでいたかのように水を持って草原の真ん中に向かう。
「一緒に飲も」
ぎゅっと手を握りしめたまま残りの分を飲み干す。
少し待ってみたが何も起こらない。
羽が生えることもなく、宙に浮くこともなかった。
空を飛ぶということは人類からしたら垂涎の的。
飛行機ができ、気球ができ、宇宙にまで行けてしまう時代。
この世界の人たちからするとそれが日常にあるなか、彼女にら地上人と同じ気持ち。いや、それよりも大きな劣等感と闘ってきたのだろう。
たくさんの協力があってようやく手にしたこの水。
他に足をつけ、重力に従ってきたが、この魔法の水で空を飛ぼうとしたのに彼女の夢が叶うことはなかった。
こんなにも非情なことがあるのだろうか?
これ以上彼女の哀しむ顔は見たくない。
つないだ手を引き、優しくそっと抱き寄せる。
「ねぇ、カナタくん」
目の前で彼女が空を飛ぶところを見たかった。
一緒に空を飛んでまだ見ぬ景色を見たかった。
辛くて顔を見られない。
「私、宙に浮いてる」
彼女の幸せに満ちた笑顔を見たくてここまで来たのに、こんなのありかよ……って、えっ⁉︎
足元を見ると、白い光に包まれ宙に浮いていた。
「ねぇ、宙に浮いてるよ」
黒く美しい羽が僕らの背中に生えると同時に身体が宙に浮く。
これは幻影?
いや、つないでいる左手のぬくもりはさっきよりもたしかにあったかくなっていた。
悪魔の子と呼ばれてきた彼女の黒い羽はとても美しく、それは天使というより女神に近かった。
少しだけ震える手をぎゅっと握りしめながら空の旅路に出た。
アネモイの想いも背負って。
雲海の隙間から見える青い空はいままで見たどの空よりも美しかった。
少し冷たい風が心地よく、まるで音色を奏でるように髪を靡かせる。
これ以上ないくらいの幸せを噛み締め、冬晴るる空に手をつないで二人だけの世界を味わう。
「カナタくん、私たち空を飛んでるよ」
生まれてはじめて自分の力で空を飛んだ彼女の瞳は星のように光り輝いていた。