ヘメリアのエトランゼ 〜冬晴るる空に想い馳せて〜

プロローグ

天空の世界へメリア。

日本の遥か上空、カーマンラインの近くにそれはある。

そこに住む天空人はみな美しい羽を持ち、その羽で空を飛び回り、助け合いながら争いのない平和な世界を生きていた。

しかし、いまから約三百年前に描かれた一冊の絵本によってその平和な世界は一変する。

まるでその絵本になぞらえるように。

『天魔の復讐』

美しい羽で空を飛びながら生活する天空人たちの住む世界の話。

そこに住む少女リリスには同い年のイヴという親友がいた。

リリスはアダムという男性に想いを寄せていたが、親友のイヴもまた同じ想いだった。

生まれつき羽が片方しかなく、空を飛べないことがコンプレックスだったリリスは、その劣等感からアダムに対する気持ちを押し殺してきた。

数年が経ったある日、気持ちを抑えられなくなったリリスは想いを告げるためアダムのもとへと向かうと、そこには親友のイヴと愛し合うアダムの姿が。

それを見たリリスは怒り狂い二人に復讐を誓う。

自らの命を削る代わりにどんな異性も誘惑すると云われている悪魔の水、テンプテーションを飲んで悪魔と化し、アダムを誘惑して多くの子を産んだ。

イヴを地上に突き堕として復讐は終わったかと思ったが、彼女の心が満たされることはなかった。

時を同じくして、亡くなった祖母からの形見である黒い十字架のネックレスを身につけていた一人の少年がいた。

彼は同級生からいじめに()い、黒い羽を()がれていた。

親からもDVを受けていたことで心が病んだ彼は地上に堕ちて自らの命を絶った。

それから数日後、黒い十字架のネックレスを身につけた全身真っ黒な悪魔ディアボロスが突如天空の地に現れた。

そのディアボロスの羽はボロボロで、自力で空を飛べるような状態ではなく、その姿はまるでいじめやDVを受けていた少年のようだった。

黒い十字架のネックレスを天に(かざ)すと、大量のカラスが現れ周囲のものから羽を奪いディアボロスに付けると、彼は空を飛べるようになったが、その力もまた自らの命を削るものだった。

たまたま出会ったリリスとディアボロスは手を結び、リリスの持つテンプテーションとディアボロスの羽を奪う能力フェザースティールで世界中を混乱させた。

人々はこの時間を『齎悪(さいあく)』と呼ぶようになり、黒い羽を持つものを恐れ(しいた)げるようになったが、力を使いすぎた二人はその力に生命力を吸い取られ、散っていった。

その絵本の内容は衝撃的で、良い意味でも悪い意味でも爆発的に広がったことで羽の色に対するレイシズムが生まれ、カラスやオオバン、アヤム・セマニといった多くの黒い鳥や黒い羽を持つ人たちが虐殺(ぎゃくさつ)されてしまった。

天魔リリスは黒い羽を持つ片翼だったことから、以降生まれてくる黒い片翼の子は『天魔の子』と呼ばれるようになり、再び齋悪を呼び起こす存在として恐れられるようになった。
また、ディアボロスを生み出したのは地上人と考え、地上人は天空人から羽を奪い天空界を乗っ取ろうとしているという思想が広まった。

これらの思想は昔に比べてだいぶ和らいだが、それでも根強いレイシズムや固定概念(こていがいねん)は消えておらず、黒いもの=(けが)らわしいもの。地上人=略奪者(りゃくだつしゃ)と考えている人は少なくない。
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