キス魔な副社長は、今日も秘書の唇を貪る。~キスで力を発揮するハイスペ副社長に掴まりました~
開いた扉から現れた人は、この部屋の主。
野依副社長だった。
眉間に皺を寄せて額に少しだけ汗を浮かばせている副社長は、手に持っていた鞄を投げ捨て、緋山さんの胸倉を掴んだ。
「副社長!」
「…今日は定時過ぎるはずじゃ…!?」
「気が変わった」
掴んでいた手を酷く離し、緋山さんの体を押す。
珍しい副社長の怒りの感情に、鳥肌が立った…。
「緋山くんと言ったかな。何、立場や身分って」
「副社長と一般社員の違いです。……丁度良い、この際言わせて貰いますけど、仕事でしているキスの延長で藤堂さんと付き合っているなら、今すぐ別れて下さい」
「何で?」
「2人では全く釣り合わないからです」
眉をピクッとさせ、副社長はまた緋山さんの胸倉を掴む。
そしてそのまま緋山さんを酷く壁に押し付けた。
「君の尺度で物事を語らないこと。俺は藤堂さんを愛してるんだ。立場や身分とか、釣り合わないとか……実にくだらない」
「……副社長。貴方のこと言いふらしますよ。知っているんですから、秘書に仕事でキスさせていたこと」
「うん、“君がその事実を知っている”ことも、俺は知っている。良いよ、好きにすれば。ただ、立場が弱いのはどちらか、そこをしっかり見極めてからね」
そう言いながら副社長は手を離す。
緋山さんは震えながら副社長を睨んでいた。
「………ていうか、副社長。…何で知ってるのですか。立場や身分の話は、副社長が帰る前に交わした会話です」
「…それは、ここが『俺の城』であることを忘れては困る」
「もしかして、盗聴してた…ってこと?」
「俺が不在だと知った君なら、ここに来ると思ってね」
「……」
副社長は先程投げ捨てた鞄を拾い、自分のデスクに戻る。
「藤堂さんごめんね、悪気はないんだ」
副社長は左耳に嵌めていた小さな片耳イヤホンを外し、デスクの上に置いてある時計に触れた。
ボタンを1回押すと、そこから声が聞こえ始める。
『――野依製造株式会社、副社長室でございます』
『副社長は現在外出されております』
「……え」
今日1日ずっと録音がされていたようで、私が電話や来客対応をしていたときの声が聞こえてきた。
「いつもの時計に録音機能付きの盗聴器を仕込ませて貰っていたんだ。総務部長との会話の中で1日不在と言ったのも、全て緋山くんを陥れるための策だよ。まんまと嵌まってくれた」
「定時過ぎるってのも策の1つでね、近くのカフェで会話を聞いて待機していただけだよ。…途中から、不穏な気配を感じて焦ったけれど」
副社長は時計…というか盗聴器のボタンを押し、音声の再生を止める。
緋山さんは変わらず副社長を睨んでいた。
「…それが副社長である貴方のやり方ですか」
「そう。基本、社員の皆さんを大切にしたいから、優しく接するんだけどさ。…俺に変な態度を取る君みたいな社員は、それに該当しない。…とにかく、藤堂さんは俺個人の大切な人だし、緋山くんの出る幕なんて1つも無いからさ。さっさとここから出て行ってよ」
副社長はそう言って私に近付き、そっとキスをした。
「ふ、副社長……」
「大丈夫、何も気にしないで…」
いつものように甘い、と呟きながら繰り返しキスをする副社長。
しかも、まるでそれを緋山さんに見せびらかすようなキスに、思わず全身が熱くなる。
「…どう、緋山くん。好きな人が自分以外の男にキスされている光景。興奮しない?」
「は!? ………す、するわけないだろ…!!!」
緋山さんは歯を食いしばりながら、飛び出すように副社長室から出て行った。