推しの育て方を間違えたようです~推し活に勤しんでいたら、年下王子の執着に気づけなかった~
 ミレイナはケーキを口に入れた。砂糖の甘みがじわりと口に広がる。花をモチーフにしたケーキは食べるのが勿体ないほど可愛らしいけれど、ミレイナはこのケーキのおいしさを知っていた。

 甘味への欲望の前では『もったいない』という感情は無意味なのだ。

「でも、いいのかしら?」
「なにが?」
「もう一時間以上経っているわ。一日一時間の約束でしょう?」

 一日一時間という約束をミレイナはしっかり八年間守ってきた。どんなに名残惜しくても、話し足りなくても、その一日のわがままで友人の座を捨てることにだってなり得るからだ。

 それくらい原作のセドリックは他人との関わり合いを嫌うタイプだった。

「別に、一時間って言い出したのはミレイナだろ。僕は強要したことはない」
「そうだったかしら?」

 八年も前になると記憶が曖昧だ。

 セドリックは小さくため息を吐くと、本を手に取った。次はデートには関係のない本のようで安心した。

(変な知識をたくさんつけたらヒロインが原作よりももっと振り回されそうだもの)

 ミレイナはセドリックの横顔を見上げた。

 いつの間にか抜かされていた身長。広くなった肩幅。彼はあと半年で社交デビューする。社交場に出れば、何歳でも大人として扱われるのだ。

(あとどのくらい側で見守っていられるかしら?)

 ミレイナはふわりと欠伸をした。

 昨日は苦手な夜会で大勢の人の中を泳ぎ、そしてダンスまで踊った。ふだんしないことをしたせいか、疲れが溜まっているのだろう。

 セドリックと当たっている左側が妙に温かくて、ミレイナはうつらうつらと微睡んだ。
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