推しの育て方を間違えたようです~推し活に勤しんでいたら、年下王子の執着に気づけなかった~

第六話 ベスタニカ・ローズ

 王宮の舞踏会を終え、社交デビューを果たしたセドリックを待っていたのは、山のような公務だった。

 早く大人の仲間入りをしたいと願っていたが、早計だったかもしれないと思うほどに。

 山のような書類をさばき、ラフな服装に着替えて、いつもの時間にいつもの場所に座る。

 扉の側に控えた従者に向かってセドリックは睨みつけた。

「絶対に変なことは言うなよ」
「変なこととはなんでしょう?」

 へらへらとした笑顔がいけ好かない。しかし、この口の軽い従者に釘を刺しておかないと心配だった。

「僕が忙しいとか色々だ」
「はいはい。わかりました。殿下が実はミレイナ様との時間を作るために早朝からお仕事をなさっていることも、暇なふりをふるためにわざわざ服を着替えたことも内緒にしますから、ご安心ください」
「……おい」

 従者の笑顔にセドリックは顔を歪めた。そういうところが信用できないのだ。

「言えばいいじゃないですか。ミレイナ様ならわかってくれます」
「いやだ。絶対に『忙しいなら』って言って来なくなる」

 ミレイナはそういう人だ。強引に教師になったと思えば、そういうところはあっさりと身を引く。いつもセドリックは振り回されっぱなしだった。

 昨日の夜だってそうだ。

 セドリックは思わず、頬を指でなぞった。

 まだ感触が残っているような気がしたのだ。ミレイナの柔らかい唇の。

 何度も想像したけれど、あの唇がセドリックに触れたのは初めてだった。思い出しただけで胸が熱くなる。
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