【書籍化決定】推しの育て方を間違えたようです~第三王子に溺愛されるのはモブ令嬢!?~


 ミレイナからの手紙などもらったことがあっただろうか。毎日会う相手に手紙を送る人はいない。そして、ミレイナが風邪で寝込んでセドリックの元に来ないときは、彼女の侍女などの使用人が直接来ることが多かった。

 丸みを帯びた少し癖のあるミレイナの字。そこに彼女の人柄のようなものを感じて、より愛おしく感じた。

 しかし、内容はまったく愛おしいものではなかったが。

「殿下。ミレイナ様はなんと?」
「……旅行に行くって」
「へ?」

 従者が抜けた声を出す。

「……フリック家の領地に少し行ってくると書いてある。着いたらまた連絡すると」
「フリック家というと、だいぶ遠い場所ですね。でも、ミレイナ様はフリック家と関わりなんてありましたか?」

 セドリックは静かに頷く。

「フリック家にはミレイナの従弟……ビルって奴の婚約者がいる。絶対あいつがミレイナを唆したんだ」

 感情のままに手紙を握り潰しそうになって、セドリックは机の上に手紙を叩きつけた。

 ビルは一度ミレイナにアンドリュー・フレソンという男を紹介した前科がある。フリック家で馬鹿なことを計画する可能性は否めない。

「……フリック家の領地に行く」
「へ? は? いやいや。殿下、フリック家まで馬車で七日ですよ!? そのあいだ公務はどうするんですか!?」
「今できることは朝までに全部終わらせる。残りは帰ってきてからやるように調整しろ」
「半月分の調整を今からですか? 身体壊しますよ!?」
「おまえも僕も馬車で眠ればいいだろ?」

 到着の連絡を待っているだけでは、ミレイナは離れていってしまうような気がしたのだ。フリック家の領地は有名な自然豊かで有名な観光地だという。開放的な気分になるため、新婚旅行には人気な場所だと本に書いてあったのを覚えている。

 セドリックが知らないあいだに新しい出会いがあるかもしれない。次に会った時に「この人と結婚することにしたのよ」と紹介された日には、もう生きてはいけないだろう。

 セドリックは顔を青くしている従者に追い打ちをかけた。

「あと、ベスタニカ・ローズを持って行く」
「へ? あれを?」
「ああ。七日持たせる方法を庭師に確認しておいて」

 あれがないと、プロポーズは完成しない。あの薔薇は王宮の庭園以外では咲いていないのだから、ここから持って行くしかなかった。

 セドリックが王都を出ることができたのは、あれから二日後のことだ。
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