推しの育て方を間違えたようです~推し活に勤しんでいたら、年下王子の執着に気づけなかった~
馬車の中はベスタニカ・ローズの香りが充満していた。
セドリックの前にはベスタニカ・ローズが鎮座し、その横で従者が小さくなって座ってる。彼は頑なにセドリックと同乗することを拒んだが、急ぎ向かう必要があったため、セドリックが無理矢理押し込めたのだ。
馬車はほとんど休みなく走っている。途中の街で馬を替え、夜通し走ることもあった。馬車に酔った従者は青い顔をしながら外を眺め、セドリックはミレイナに思いを馳せていた。
(なぜ、旅行の前に会いに来てくれなかったんだ……?)
幻想に聞いたところで、返事はない。
セドリックは持ち前の観察力の高さで、他の人間は大抵思考と行動を予想することができた。しかし、ミレイナだけは何を考え行動しているのか、まるでわからないのだ。
セドリックの行動に赤面し恥じていると思えば、二人は姉弟のような関係だと突き放す。
こんなに好きなのはセドリックだけなのではないかと絶望していれば、彼女の一番はセドリックなのだと言うのだ。
いつも掴めそうで掴めない。今回だって……。
セドリックは舞踏会の夜を思い出して、頬をなぞった。
「殿下、歯でも痛いですか?」
従者がセドリックの顔を覗き込む。頬ばかり触れているから歯が痛いのだと勘違いしたのだろう。揶揄う雰囲気はなく、本当に心配しているようだった。
セドリックは「いや」と短く否定したあと、真剣な顔で従者に問う。
「……普通、好きでもない男に口づけをするものか?」
「へ? 殿下、まさかとうとうミレイナ様に?」
ガタンッと大きな音と共に馬車が揺れ、二人のあいだに長い沈黙が訪れた。
従者の言葉にセドリックは、再びあの日のミレイナの姿を思い出す。頬にミレイナの唇が触れた瞬間を忘れることができなかった。
「あー。なるほど。ミレイナ様が殿下の頬にキスした理由が知りたいと」