幽霊巫女の噂
17
巫女さんは守護霊として憑いた人物に害をなす霊を斬って祓ってくれる。逆を言えば、具体的な害をなさない霊には手を出さない。しかも、姿が見えないとなれば、尚更手を出せないのだ。望が何故、涼佑に付き纏っているのかは分からない。否、もっと正確なことを言えば、涼佑自身いくつか原因は知っているが、どれもまるで確信が持てないのだ。
一つは望が彼に対する恋心が原因で成仏できていない説。涼佑は彼女の告白を断ったが、望が諦め切れず、彼に取り憑いているのだとしたら解決方法は簡単だ。涼佑が彼女の告白を受け入れれば良い。しかし、言うは易しだが、実行するのは簡単ではない。何より、涼佑自身にそんなことするつもりは一切無い。もし、これが原因だった場合は何とかして諦めてもらうしかない。
もう一つは望が涼佑を恨んでいる説。涼佑は彼女が亡くなったと聞いたあの日、死んだ望と至近距離で遭遇したせいで真奈美達に殆ど飛び入りで相談しており、当然、通夜も葬式も行っていない。この説が正解なら、恐らくそれが原因で彼女は涼佑を恨んでいるのだろう。もし、そうであれば、彼は望にちゃんと謝りたいと思う。行けなかった理由を今更並べてみたところで意味は無く、彼が行かなかったのは紛れもない事実だからだ。
最後は涼佑の中の何かに望の霊が反応してくっついてしまっている説。巫女さんの話が本当なら、霊というものは金属に引かれる磁石のように、何かに反応して憑依してしまうこともあるのだという。起きていること自体は単純だが、その単純さ故に引き剥がすのに苦労する、と彼女は言っていた。
涼佑個人としては最後の説を推したいところだが、実際の理由は望本人にしか分からない。昼休み後の授業中、授業そっちのけで考えうる限りの対策を絞り出している涼佑に、見兼ねた様子の巫女さんが助言した。
「涼佑が悩んで意味あるか? そんなに気になるなら、本人に直接訊きゃいいだろ」
「……………………ええっ!?」
授業中といっても、丁度静かにしていた時だったので、周りからの視線が痛い。突然一人で奇声を上げた涼佑へ教師が言った「なんだ? 新條。寝ぼけてたのか~?」という一言に彼は乗っかり、「すいません! 寝ぼけてました!」と堂々と開き直って笑いを誘って誤魔化した。周囲の注目が散った頃合いに筆談で巫女さんに詳しい話を聞こうとした涼佑だったが、「授業が終わってからな」とすげなく返されてしまう。先に話を振ってきたのは向こうなのに、と少々不満に思いながらも彼は授業に意識を戻した。
その後も学校が終わるまでなんだかんだと理由をつけて、巫女さんは教えてくれなかった。その間、真奈美達にも連絡した方が良いと思った涼佑は、授業の合間にグループトークで簡単に報告する。その流れで放課後、彼らは弁当を食べた空き教室に集合することになった。
「――そういう訳で、樺倉に直接訊けるんなら、オレは訊いてみようと思うんだ」
「大丈夫なの? それ」
涼佑の宣言の直後、ほぼ同時に全員からそう言われる。その点については宣言した本人も同意する。同意はするが、やってみないと分からないのも事実だ。今のところは、それくらいしか望に対抗できる手段が無い。あちらはいつでも一方的に涼佑の前に現れて危害を加えることができるが、こちらは彼女が何かしてきた時には怯えるばかりで対抗手段が無い。ならば、ここは思い切って先手を打った方が良いと涼佑は思ったのだった。いつまでもやられっぱなしではいられないというプライドもある。
涼佑の考えを話すと、皆すぐに賛成とは行かず、絢と直樹には反対された。悪霊と直接対話を試みるのは危険すぎる、というのが二人の言い分だ。
「二人の言うことも分かるけど、でも、だったら、他に対策はあるのか? 無いよ。樺倉の目的や思いを探ろうって言ったって、本当のところは樺倉にしか分からないだろ。遺書があったって話も聞かないし、樺倉の親御さんに直接訊く訳にもいかないじゃんか」
娘を失って精神的なショックがまだ癒えていないところに、娘が自殺に至った動機を訊きに来る同級生なんて、門前払いされるのがおちだ。良くて怒鳴られて追い出され、悪くて警察を呼ばれるだろう。樺倉の家にはまだ行けない。それは皆分かっている。
「分かった。けど、まだ樺倉さんとコンタクトを取るのは待って。彼女のこと、クラスでなら何か手掛かりがあるかもしれないし。それに、まだ彼女の家に行けないって決まった訳じゃないよ」
その口振りから真奈美には何か考えがあるようで、昼休みの時とは違って真剣な表情になる。情報収集はなるべく望を刺激しないように努めようということになり、彼女の家には真奈美達三人、彼女達のクラスで聞き込みをするのは、涼佑と直樹がやることになった。望の家に取り憑かれている涼佑本人が行ったら、何が起こるか分からない危険性があるからだ。
「なぁ、樺倉って、SNSやってなかったのか? あいつのアカ特定できれば、何か分かるんじゃない?」
「う~ん……確かに直樹君の言うことも考えたけど、樺倉さんってそういうタイプじゃない感じしたよ。スマホ触ってるとことか、あんまり見たこと無かった」
「だね。あの子、そういうのやってる暇無かったみたいだし」
「暇が無かった? どういうこと?」
望は生前、真奈美達と同じクラスだったので、ある程度はどんな生徒だったかは涼佑達より彼女達の方が詳しい。その彼女達が一斉に表情を曇らせるのだから、良い話ではないのだろう。
「樺倉さん、いじめられてたみたいなの」
「え? いじめ?」
涼佑にとっては初耳だ。昔からこの学校でいじめがあったなど、殆ど聞いたことが無かったから尚更彼は驚いた。三人共非常に言い出しにくそうな顔をしているが、友香里の話を絢が引き継ぐ。
「私らもはっきりしたことは分からない。教室ではそういう雰囲気無かったから。でも、あの子、何かと呼び出されてたし、いじめなんじゃないかって噂されてた」
「呼び出されてたって、誰に?」
「…………梶原さんに呼び出されることが多かったかな」
梶原理恵。真奈美達のクラスにいるちょっと派手で目立つ、所謂ギャル系の女子生徒だ。いつも何人かの女子と一緒にいて、度々望をどこかに呼び出していたらしい。しかし、彼女達に関して表立って悪い話というものを涼佑も直樹も聞いたことが無い。ふと、思い出すのは望が行方不明と知った日のことだ。確か涼佑達のクラスでもそんな噂が囁かれていたような気がする、と彼はぼんやりと思い出した。そこまで聞いた彼は少し悩みはしたが、梶原理恵がまだ教室に残っているかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくなり、早速話を聞きに行こうとした。しかし、それは彼の手をそれぞれ掴んだ絢と友香里によって止められる。
「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょうが!」
「なんでだよ!? 悠長にしてる場合じゃないだろ!?」
「涼佑君、明日からにしよう。彼女、もう多分、帰っちゃってると思う。その上で情報収集のルールを決めておこう」
「ルール?」
真奈美が言うには情報収集にはタイミングも大事ということで、その場で彼らが話し合って決めたのは二つだけだ。情報収集は必ず放課後に行うことと、担当外のことは極力しないようにする。この二点だけを守ろうと結論が出たところで、今日のところは解散となった。
「明日は土曜日で休みだし、私達先に樺倉さんの家に行ってみるね。だから、涼佑君は大人しくしてて」
「絶対に樺倉さんの家に来ないで」と念入りに真奈美から釘を刺される。もちろん、涼佑は分かっているつもりだが、自分はそんなに信用が無いのかと少し自信を無くした。やや納得できないまま、「分かった」と返事をして涼佑は直樹と一緒に帰路に就いた。
一つは望が彼に対する恋心が原因で成仏できていない説。涼佑は彼女の告白を断ったが、望が諦め切れず、彼に取り憑いているのだとしたら解決方法は簡単だ。涼佑が彼女の告白を受け入れれば良い。しかし、言うは易しだが、実行するのは簡単ではない。何より、涼佑自身にそんなことするつもりは一切無い。もし、これが原因だった場合は何とかして諦めてもらうしかない。
もう一つは望が涼佑を恨んでいる説。涼佑は彼女が亡くなったと聞いたあの日、死んだ望と至近距離で遭遇したせいで真奈美達に殆ど飛び入りで相談しており、当然、通夜も葬式も行っていない。この説が正解なら、恐らくそれが原因で彼女は涼佑を恨んでいるのだろう。もし、そうであれば、彼は望にちゃんと謝りたいと思う。行けなかった理由を今更並べてみたところで意味は無く、彼が行かなかったのは紛れもない事実だからだ。
最後は涼佑の中の何かに望の霊が反応してくっついてしまっている説。巫女さんの話が本当なら、霊というものは金属に引かれる磁石のように、何かに反応して憑依してしまうこともあるのだという。起きていること自体は単純だが、その単純さ故に引き剥がすのに苦労する、と彼女は言っていた。
涼佑個人としては最後の説を推したいところだが、実際の理由は望本人にしか分からない。昼休み後の授業中、授業そっちのけで考えうる限りの対策を絞り出している涼佑に、見兼ねた様子の巫女さんが助言した。
「涼佑が悩んで意味あるか? そんなに気になるなら、本人に直接訊きゃいいだろ」
「……………………ええっ!?」
授業中といっても、丁度静かにしていた時だったので、周りからの視線が痛い。突然一人で奇声を上げた涼佑へ教師が言った「なんだ? 新條。寝ぼけてたのか~?」という一言に彼は乗っかり、「すいません! 寝ぼけてました!」と堂々と開き直って笑いを誘って誤魔化した。周囲の注目が散った頃合いに筆談で巫女さんに詳しい話を聞こうとした涼佑だったが、「授業が終わってからな」とすげなく返されてしまう。先に話を振ってきたのは向こうなのに、と少々不満に思いながらも彼は授業に意識を戻した。
その後も学校が終わるまでなんだかんだと理由をつけて、巫女さんは教えてくれなかった。その間、真奈美達にも連絡した方が良いと思った涼佑は、授業の合間にグループトークで簡単に報告する。その流れで放課後、彼らは弁当を食べた空き教室に集合することになった。
「――そういう訳で、樺倉に直接訊けるんなら、オレは訊いてみようと思うんだ」
「大丈夫なの? それ」
涼佑の宣言の直後、ほぼ同時に全員からそう言われる。その点については宣言した本人も同意する。同意はするが、やってみないと分からないのも事実だ。今のところは、それくらいしか望に対抗できる手段が無い。あちらはいつでも一方的に涼佑の前に現れて危害を加えることができるが、こちらは彼女が何かしてきた時には怯えるばかりで対抗手段が無い。ならば、ここは思い切って先手を打った方が良いと涼佑は思ったのだった。いつまでもやられっぱなしではいられないというプライドもある。
涼佑の考えを話すと、皆すぐに賛成とは行かず、絢と直樹には反対された。悪霊と直接対話を試みるのは危険すぎる、というのが二人の言い分だ。
「二人の言うことも分かるけど、でも、だったら、他に対策はあるのか? 無いよ。樺倉の目的や思いを探ろうって言ったって、本当のところは樺倉にしか分からないだろ。遺書があったって話も聞かないし、樺倉の親御さんに直接訊く訳にもいかないじゃんか」
娘を失って精神的なショックがまだ癒えていないところに、娘が自殺に至った動機を訊きに来る同級生なんて、門前払いされるのがおちだ。良くて怒鳴られて追い出され、悪くて警察を呼ばれるだろう。樺倉の家にはまだ行けない。それは皆分かっている。
「分かった。けど、まだ樺倉さんとコンタクトを取るのは待って。彼女のこと、クラスでなら何か手掛かりがあるかもしれないし。それに、まだ彼女の家に行けないって決まった訳じゃないよ」
その口振りから真奈美には何か考えがあるようで、昼休みの時とは違って真剣な表情になる。情報収集はなるべく望を刺激しないように努めようということになり、彼女の家には真奈美達三人、彼女達のクラスで聞き込みをするのは、涼佑と直樹がやることになった。望の家に取り憑かれている涼佑本人が行ったら、何が起こるか分からない危険性があるからだ。
「なぁ、樺倉って、SNSやってなかったのか? あいつのアカ特定できれば、何か分かるんじゃない?」
「う~ん……確かに直樹君の言うことも考えたけど、樺倉さんってそういうタイプじゃない感じしたよ。スマホ触ってるとことか、あんまり見たこと無かった」
「だね。あの子、そういうのやってる暇無かったみたいだし」
「暇が無かった? どういうこと?」
望は生前、真奈美達と同じクラスだったので、ある程度はどんな生徒だったかは涼佑達より彼女達の方が詳しい。その彼女達が一斉に表情を曇らせるのだから、良い話ではないのだろう。
「樺倉さん、いじめられてたみたいなの」
「え? いじめ?」
涼佑にとっては初耳だ。昔からこの学校でいじめがあったなど、殆ど聞いたことが無かったから尚更彼は驚いた。三人共非常に言い出しにくそうな顔をしているが、友香里の話を絢が引き継ぐ。
「私らもはっきりしたことは分からない。教室ではそういう雰囲気無かったから。でも、あの子、何かと呼び出されてたし、いじめなんじゃないかって噂されてた」
「呼び出されてたって、誰に?」
「…………梶原さんに呼び出されることが多かったかな」
梶原理恵。真奈美達のクラスにいるちょっと派手で目立つ、所謂ギャル系の女子生徒だ。いつも何人かの女子と一緒にいて、度々望をどこかに呼び出していたらしい。しかし、彼女達に関して表立って悪い話というものを涼佑も直樹も聞いたことが無い。ふと、思い出すのは望が行方不明と知った日のことだ。確か涼佑達のクラスでもそんな噂が囁かれていたような気がする、と彼はぼんやりと思い出した。そこまで聞いた彼は少し悩みはしたが、梶原理恵がまだ教室に残っているかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくなり、早速話を聞きに行こうとした。しかし、それは彼の手をそれぞれ掴んだ絢と友香里によって止められる。
「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょうが!」
「なんでだよ!? 悠長にしてる場合じゃないだろ!?」
「涼佑君、明日からにしよう。彼女、もう多分、帰っちゃってると思う。その上で情報収集のルールを決めておこう」
「ルール?」
真奈美が言うには情報収集にはタイミングも大事ということで、その場で彼らが話し合って決めたのは二つだけだ。情報収集は必ず放課後に行うことと、担当外のことは極力しないようにする。この二点だけを守ろうと結論が出たところで、今日のところは解散となった。
「明日は土曜日で休みだし、私達先に樺倉さんの家に行ってみるね。だから、涼佑君は大人しくしてて」
「絶対に樺倉さんの家に来ないで」と念入りに真奈美から釘を刺される。もちろん、涼佑は分かっているつもりだが、自分はそんなに信用が無いのかと少し自信を無くした。やや納得できないまま、「分かった」と返事をして涼佑は直樹と一緒に帰路に就いた。