幽霊巫女の噂
8
『鹿島さん』に男のパーツは付いていなかった。この手掛かりに涼佑はどういうことだと頭を捻る。真奈美の話では、『鹿島さん』は夢の中で殺した人のパーツを奪う筈だ。今回の『鹿島さん』はその話と何かが違うのか、それとも真奈美の話が間違っていたのか。どっちだと考えている彼に、傍らに現れた巫女さんが助言する。
「奴が何故、女のパーツしか付けていなかったのかは知らんが、もう少し真奈美に突っ込んだ話は聞けないか?」
「突っ込んだ話……。なぁ、真奈美」
直樹と絢の間から逃れた真奈美がわざわざ涼佑の近くまで来てくれる。相変わらずの無表情だが、彼女はこういうところが気が利いている。
「なに? 涼佑くん」
「……真奈美自身はどう思う? 今回の『鹿島さん』について」
涼佑にそう問われ、真奈美は少しの間何事か思案していたが、やがて考え考え口を開く。
「多分……だけど、元々『鹿島さん』は女性、だから、だと思う」
「ん? 『女性だから』?」
「うん。もし、涼佑くんが片腕を失って――」
突然の物騒な喩えに、涼佑は頬をひくつかせる。
「いきなり、嫌な喩えだな」
「もし、だよ? それで、新しくくっつけるとしたら、流石に異性の腕は選ばないでしょ?」
「ああ、確かに」
「そういう感覚か」と彼は納得する。もし、自分の身に『鹿島さん』と同じようなことが起こり、代わりのものを付けるなら、なるべく同性のものを付けたいと考えるのが自然だと涼佑は至る。話自体は物騒極まりないが、その辺りの思考回路はたとえ死者と謂えど、生者と同じらしい。それに、と彼女は付け足した。
「あの『鹿島さん』、私の首を引き抜こうとしてたと思う」
真奈美の話に皆、何も言えなかった。重い沈黙が流れ、何か言おうと口を開いては止める、ということを何人かがする。彼女の話を聞いて渋い顔をしつつ、口を開いたのは直樹だった。彼は表情では非常に言いにくそうにしながらも、自信なさげに低く挙手する。彼が話したいことがあると察した一同は、彼に注目する。
「あのさ、今の話だと、その『鹿島さん』も、おれらと考えることは同じな訳じゃん?」
「? うん」
「それって、さ……真奈美のところにもう一回来る、とかない?」
直樹の言いたいことが今いちよく分からなかった一同は、互いに顔を見合わせ、不思議そうに小首を傾げたり、困惑したように眉を八の字にしたりする。どういうことかと絢が問うと、直樹は表情を変えずに恐る恐ると言い出した。
「いや、だって、幽霊とかその……妖怪? もおれらと同じように考えるってことはさ、『鹿島さん』から見て真奈美って、所謂取り逃がした獲物ってことだろ? そういうのってもう一度襲って来る可能性は無いって言い切れないじゃん? いや、おれだったら、絶対もう一度来る! 真奈美の話じゃ、首を引き抜こうとしたんだろ? つまり、真奈美の顔が欲しいって思ったから来たとしか考えられないって!」
少し青ざめた顔で自分の恐ろしい仮説を提示する直樹に、巫女さんは「しめた」と勝ち気な笑みを浮かべた。
「それだ」
「それ?」
彼女の方へ向く涼佑に、巫女さんは直樹の話からある結論に至ったことを教え、彼を介して一同に伝えられる。
「巫女さんが言うには、それがもし本当なら、真奈美の家で待ち伏せるのが良いと思うって。巫女さんが戦った感じ、あの『鹿島さん』はパーツに凄く執着してたみたいなんだ。恐らく、一度真奈美を狙ったから、その……」
涼佑も直樹と同様、かなり言いにくそうな様子だったが、その意図を汲んだ真奈美は了承したという意味で深く頷き、ある提案をする。
「じゃあ、今日はもう遅いから、明日の放課後、また私の家で待ち伏せた方が良いと思う」
「うん、そうしよう。……それまで真奈美には耐えてもらわなくちゃいけなくなるけど、大丈夫そうか?」
望がまだ霊だった頃、彼女に付き纏われていた涼佑からその言葉が出る。自分にしか見えない、認知できない存在に狙われる恐怖と不安は重々承知しているからこそ、彼は真奈美を心配した。彼女も彼の言葉の真意を分かっているらしく、少々不安そうだが、「うん」と頷く。
「私に相談してきた時の涼佑君、覚えてるよ。でも、ここで私が逃げ回ったら、皆に迷惑を掛けると思う。だから、逃げない。大丈夫」
「それに、対処法は知ってるから」と言い添える真奈美は常の無表情だったが、その瞳の奥には確かな覚悟が見てとれる。それを涼佑も感じ取り、「分かった」と彼女と同じように頷いた。が、二人のやり取りだけで納得しない者達がいた。直樹と絢だ。
「なぁにが『大丈夫』『分かった』だよぉっ! こちとら全っ然大丈夫じゃないんですけどぉっ!?」
「そうだよ、真奈美! あんた元々そうだけど、思い切り良すぎ! ちょっとはあたしらの気持ちも考えてよね!」
「万が一のことがあったら、どうするつもりだ!」と騒ぐ二人とうんうんと頷く友香里に、ぼんやりしている二人は「ああ」と思い出したように言う。
「大丈夫。巫女さんが守ってくれるから」
「大丈夫。しっかり守られるから」
「対策! もっと具体的な対策考えた方が良いって!」
「待ち伏せ以前に防ぐ方法を考えなさいよ! こぉのぼんやり二人組が!」
絢の「ぼんやり二人組」発言に涼佑と真奈美は意外そうに瞠目し、互いに顔を見合わせる。そして、直樹と絢にとっては信じられない発言をしたのだった。
「ぼんやりしてたか? オレ達」
「さぁ……?」
まるで覚えが無いと表情で主張する二人に、保護者三人組は「信じられない」とでも言いたげに瞠目し、盛大に深い溜息を吐いたのであった。
取り敢えず、今はもう夕方から夜になろうとしていることもあり、後の話はスマホを通してしようと、一同は解散した。直樹と絢は真奈美に「絶対一人になるな」と口を酸っぱくして言い含め、分かっているのかいないのか、真奈美は二人の話にうんうんと頷くばかり。その姿に直樹、絢、友香里は最後まで心配そうにしていたが、泊まる訳にもいかず、皆それぞれの自宅へ帰って行った。
その夜、真奈美は寝る前に小皿に塩を盛っていた。以前、除霊らしいことをした時の余りだが、まだ部屋の四隅に置くぐらいの量は残っている。素人が無闇に呪術めいたことをするのは危険だと分かってはいるが、しないよりはマシだろうと彼女は四枚の小皿に盛り塩をして自室の四隅に置いた。盛り塩が終わり、スマホを見るともう夜の十一時を回っている。流石にもう寝なくてはと思い、部屋の電気を消した時だった。
どんっ、とベランダへ続く窓に何かがぶつかる鈍い音がした。真奈美がそちらへ視線を移す。窓にはカーテンが掛かっていて、外は見えない。一瞬、気のせいかと思った彼女だったが、図ったようにまたどんっ、と音がする。音からして明らかにベランダからこちらへ向かってぶつかっているのだ。来た、と彼女は思った。否、『鹿島さん』が彼女を取り逃がしたのだから、来るとは分かっていたが、まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
恐る恐る真奈美は窓に近付く。怖い物見たさという気持ちもあるにはあるが、それよりも何か『鹿島さん』を倒す手掛かりが掴めないかと思った。震える手でカーテンを掴む。その間にも音は続き、彼女がカーテンに手を掛ける頃には、どんどんどんっ、と断続的に音は続いている。今にも窓を割らんばかりの勢いだ。恐怖と緊張で震える手を押さえ、乾いた唇を舐めつつ、真奈美は心中で数を数え、思いきってカーテンを引っ張り開けた。
「奴が何故、女のパーツしか付けていなかったのかは知らんが、もう少し真奈美に突っ込んだ話は聞けないか?」
「突っ込んだ話……。なぁ、真奈美」
直樹と絢の間から逃れた真奈美がわざわざ涼佑の近くまで来てくれる。相変わらずの無表情だが、彼女はこういうところが気が利いている。
「なに? 涼佑くん」
「……真奈美自身はどう思う? 今回の『鹿島さん』について」
涼佑にそう問われ、真奈美は少しの間何事か思案していたが、やがて考え考え口を開く。
「多分……だけど、元々『鹿島さん』は女性、だから、だと思う」
「ん? 『女性だから』?」
「うん。もし、涼佑くんが片腕を失って――」
突然の物騒な喩えに、涼佑は頬をひくつかせる。
「いきなり、嫌な喩えだな」
「もし、だよ? それで、新しくくっつけるとしたら、流石に異性の腕は選ばないでしょ?」
「ああ、確かに」
「そういう感覚か」と彼は納得する。もし、自分の身に『鹿島さん』と同じようなことが起こり、代わりのものを付けるなら、なるべく同性のものを付けたいと考えるのが自然だと涼佑は至る。話自体は物騒極まりないが、その辺りの思考回路はたとえ死者と謂えど、生者と同じらしい。それに、と彼女は付け足した。
「あの『鹿島さん』、私の首を引き抜こうとしてたと思う」
真奈美の話に皆、何も言えなかった。重い沈黙が流れ、何か言おうと口を開いては止める、ということを何人かがする。彼女の話を聞いて渋い顔をしつつ、口を開いたのは直樹だった。彼は表情では非常に言いにくそうにしながらも、自信なさげに低く挙手する。彼が話したいことがあると察した一同は、彼に注目する。
「あのさ、今の話だと、その『鹿島さん』も、おれらと考えることは同じな訳じゃん?」
「? うん」
「それって、さ……真奈美のところにもう一回来る、とかない?」
直樹の言いたいことが今いちよく分からなかった一同は、互いに顔を見合わせ、不思議そうに小首を傾げたり、困惑したように眉を八の字にしたりする。どういうことかと絢が問うと、直樹は表情を変えずに恐る恐ると言い出した。
「いや、だって、幽霊とかその……妖怪? もおれらと同じように考えるってことはさ、『鹿島さん』から見て真奈美って、所謂取り逃がした獲物ってことだろ? そういうのってもう一度襲って来る可能性は無いって言い切れないじゃん? いや、おれだったら、絶対もう一度来る! 真奈美の話じゃ、首を引き抜こうとしたんだろ? つまり、真奈美の顔が欲しいって思ったから来たとしか考えられないって!」
少し青ざめた顔で自分の恐ろしい仮説を提示する直樹に、巫女さんは「しめた」と勝ち気な笑みを浮かべた。
「それだ」
「それ?」
彼女の方へ向く涼佑に、巫女さんは直樹の話からある結論に至ったことを教え、彼を介して一同に伝えられる。
「巫女さんが言うには、それがもし本当なら、真奈美の家で待ち伏せるのが良いと思うって。巫女さんが戦った感じ、あの『鹿島さん』はパーツに凄く執着してたみたいなんだ。恐らく、一度真奈美を狙ったから、その……」
涼佑も直樹と同様、かなり言いにくそうな様子だったが、その意図を汲んだ真奈美は了承したという意味で深く頷き、ある提案をする。
「じゃあ、今日はもう遅いから、明日の放課後、また私の家で待ち伏せた方が良いと思う」
「うん、そうしよう。……それまで真奈美には耐えてもらわなくちゃいけなくなるけど、大丈夫そうか?」
望がまだ霊だった頃、彼女に付き纏われていた涼佑からその言葉が出る。自分にしか見えない、認知できない存在に狙われる恐怖と不安は重々承知しているからこそ、彼は真奈美を心配した。彼女も彼の言葉の真意を分かっているらしく、少々不安そうだが、「うん」と頷く。
「私に相談してきた時の涼佑君、覚えてるよ。でも、ここで私が逃げ回ったら、皆に迷惑を掛けると思う。だから、逃げない。大丈夫」
「それに、対処法は知ってるから」と言い添える真奈美は常の無表情だったが、その瞳の奥には確かな覚悟が見てとれる。それを涼佑も感じ取り、「分かった」と彼女と同じように頷いた。が、二人のやり取りだけで納得しない者達がいた。直樹と絢だ。
「なぁにが『大丈夫』『分かった』だよぉっ! こちとら全っ然大丈夫じゃないんですけどぉっ!?」
「そうだよ、真奈美! あんた元々そうだけど、思い切り良すぎ! ちょっとはあたしらの気持ちも考えてよね!」
「万が一のことがあったら、どうするつもりだ!」と騒ぐ二人とうんうんと頷く友香里に、ぼんやりしている二人は「ああ」と思い出したように言う。
「大丈夫。巫女さんが守ってくれるから」
「大丈夫。しっかり守られるから」
「対策! もっと具体的な対策考えた方が良いって!」
「待ち伏せ以前に防ぐ方法を考えなさいよ! こぉのぼんやり二人組が!」
絢の「ぼんやり二人組」発言に涼佑と真奈美は意外そうに瞠目し、互いに顔を見合わせる。そして、直樹と絢にとっては信じられない発言をしたのだった。
「ぼんやりしてたか? オレ達」
「さぁ……?」
まるで覚えが無いと表情で主張する二人に、保護者三人組は「信じられない」とでも言いたげに瞠目し、盛大に深い溜息を吐いたのであった。
取り敢えず、今はもう夕方から夜になろうとしていることもあり、後の話はスマホを通してしようと、一同は解散した。直樹と絢は真奈美に「絶対一人になるな」と口を酸っぱくして言い含め、分かっているのかいないのか、真奈美は二人の話にうんうんと頷くばかり。その姿に直樹、絢、友香里は最後まで心配そうにしていたが、泊まる訳にもいかず、皆それぞれの自宅へ帰って行った。
その夜、真奈美は寝る前に小皿に塩を盛っていた。以前、除霊らしいことをした時の余りだが、まだ部屋の四隅に置くぐらいの量は残っている。素人が無闇に呪術めいたことをするのは危険だと分かってはいるが、しないよりはマシだろうと彼女は四枚の小皿に盛り塩をして自室の四隅に置いた。盛り塩が終わり、スマホを見るともう夜の十一時を回っている。流石にもう寝なくてはと思い、部屋の電気を消した時だった。
どんっ、とベランダへ続く窓に何かがぶつかる鈍い音がした。真奈美がそちらへ視線を移す。窓にはカーテンが掛かっていて、外は見えない。一瞬、気のせいかと思った彼女だったが、図ったようにまたどんっ、と音がする。音からして明らかにベランダからこちらへ向かってぶつかっているのだ。来た、と彼女は思った。否、『鹿島さん』が彼女を取り逃がしたのだから、来るとは分かっていたが、まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
恐る恐る真奈美は窓に近付く。怖い物見たさという気持ちもあるにはあるが、それよりも何か『鹿島さん』を倒す手掛かりが掴めないかと思った。震える手でカーテンを掴む。その間にも音は続き、彼女がカーテンに手を掛ける頃には、どんどんどんっ、と断続的に音は続いている。今にも窓を割らんばかりの勢いだ。恐怖と緊張で震える手を押さえ、乾いた唇を舐めつつ、真奈美は心中で数を数え、思いきってカーテンを引っ張り開けた。