幽霊巫女の噂
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手近な民家に足を踏み入れた二人は、突然の男の雄叫びと共に抱き締められる衝撃に襲われた。いきなり抱きつかれた涼佑はそのまま後ろに倒れそうになったところを巫女さんに支えられ、転ぶことは免れた。
「んのバカッ! 転んだら死ぬって言われたでしょうがっ!!」
「あいてっ!?」
べりっ、と近くにいた少女の手で強制的に剥がされたそいつを涼佑は知っていた。
「直樹!? お前、あの後シャワー浴びるって言って、そのまま寝たのか?」
彼の目の前には絢に首根っこを掴まれて半泣きの直樹がいた。涼佑の問いに直樹は「違うんだよぉ……」と情けない声を上げる。涙声でどうにも上手く説明ができない様子の彼に代わり、絢が呆れながら説明してくれた。
「シャワー浴びに行った先で幽霊見て、そのまま気絶したんだって。本当バカだよね」
「だって……本当にいたんだよ! 幽霊! 絶対あれ、幽霊だって!」
「それで私達の誰よりも先にこの村に来ちゃって、って感じらしいよ。よく生きてたよね」
「動揺し過ぎて先に死んでてもおかしくない」と絢に断言され、直樹はぐうの音も出ないらしく、代わりに「ぐう……っ」と後悔の呻き声を発した。
「直樹くん、私が見つけた時には地面に座り込んでて……。見付けた時は一瞬、何かに取り憑かれてるのかと思っちゃった」
「不吉なこと言うなよぉ! 真奈美ぃ!」
「ごめんね?」
その後白状した直樹の話では、彼は気が付いたらこの村の入口にいて、誰かが来るまでずっとその場に座り込んで待っていたのだと言う。そこを真奈美に発見され、この民家に連れて来られたようだ。涼佑はたった一人であそこにいることを考え、彼が座り込んでしまったのも頷けた。転びさえしなければ、死なないのだから確かに正しい判断だったと言えよう。絢と友香里は涼佑達の前にほぼ同時に来て、やはり村の入口で合流したのだそうだ。
「じゃあ、これで全員か?」
「いつメンだけで言ったら、多分ね。他にも人来るとしたら、あの場にいた人全員なような気もするし」
「そうなったら、全員で無事に帰るとか無理じゃね? オレ終わったわ」
涼佑達が昼食を摂っていた中庭には、彼ら以外にも生徒はいた。もし、この夢に更に人が入って来るとなると、他の生徒も例外ではない。そう考え、一人静かに絶望する直樹。そんな彼とは対照的に真奈美は難しい顔をしていた。「どうした?」と涼佑に声を掛けられると、「ううん……」とやはり、難しそうな声を出す。
「あのね、もし絢の言ったことが本当に起こるとしたら、あの場にいた全員とは限らないんじゃないかなって、考えてた」
「限らない? ……なんで?」
真奈美が言うには、この夢は話を聞いた人のところにやって来る自己責任が伴う話だ。だからあの時、絢の話を聞いていた人間はここに来る可能性は高いが、そんなに声も張っていなかった上に近くに関係の無い人間もいなかった。なので、ここに彼らと関係の無い人間はそもそも来ないのではないか、という話だ。
「じゃあ、後ここに来る可能性がある奴はいない、って考えて良いってことか」
「うん、多分」
「…………確かに思い返してみても、オレ達以外に人が来るとは考えにくいか」
「で、これからどうするの? 真奈美」
直樹ときゃんきゃん言い合っているのに飽きたのか、絢が今後の方針を訊いてくる。真奈美なら何か対処法を知っていると思っていたようだが、彼女の回答は生憎の内容だった。
「どうしようね」
「え? 何その塩回答。『どうしよう』ってなに?」
「……この怪異は、昼間絢が言っていた通り、『転んだら死ぬ村』なんでしょう? 『転んだら死ぬ』。それだけの村だから、対処法は私にもよく分からないもの」
「え? ころ……ああ~! そういうことか! うわっ、ごめん。私、とんでもない話持って来ちゃった……」
何かに思い至ったのか、心底申し訳なさそうに沈んだ口調で謝る絢に、直樹が分かりやすく怯えた。しきりに「えっ、なに? なになになになに? おれら、どうすればいいの?」とおろおろし始める。直樹の焦りが移ったのか、友香里も不安そうな顔をしている。そんな中、絢は初めに「本当にごめん!」と全員に謝ってから自分が至った一つの仮説を説明し始めた。
「昼間、私がこの話聞いてきたじゃん? この夢って、『転んだら死ぬ村』の夢を見て実際に転んだら死ぬっていうだけの話だったじゃない。だから、対処法が何も無いの。どうすれば夢から覚めるとか、死なないで帰れる方法とか、そういうのが分からない」
「………………は?」
絢の言ったことをすぐには理解できなかったのか、直樹はもう一度「は?」と呆けた顔で呟き、段々理解できてきたらしく、ふらふらとした足取りで絢へ近付いた。彼女の肩を掴んで迫る。
「マジで……? マジで言ってる? お前、お前、なん……っ! お前さあっ! だから、嫌だって言ったんだよおれぇ! 自己責任系は止めろって、言ったじゃんっ!」
「………………うん、ごめん」
悔しげにきゅっと唇を引き結び、目には若干涙を滲ませてそれしか言えない様子の絢に、直樹は驚き、抗議することが頭から吹っ飛んでしまったらしい。いつも自分に突っかかってくる絢が泣きそうになっていることに、おろおろと慌て始めた。
「な、泣くことねぇじゃん」
「泣いてない……っ!」
「いや、泣いてんじゃんよ。――悪かったよ。何も、お前だけのせいじゃないって。こう……お前にそういう話した奴が悪いんじゃん」
珍しく直樹が慰めるが、絢は益々目を潤ませ、遂にぼろぼろ涙を零してしまった。彼女らしくない、しおらしい態度と涙に直樹も益々慌ててどうしたらいいのか分からないようで、助けを求めるように友香里の方を見た。目を向けられた友香里は、絢の様子を一瞥してから彼女に近寄って頭を撫でる。友香里の方が絢より背が低いので、自然と絢は少し頭を下げる姿勢になった。
「大丈夫だよ、絢。泣かないの」
「うっ……ぐすっ……。で、でもぉ、わだし、みんなに゛ぃ、め、迷惑掛けでぇ……!」
「本当にごめんなさい」と「あんな話に乗せられた自分が憎い」と悔しさと罪悪感に似た思いを涙声で訴える絢。そんな彼女を友香里は「しょうがないよ」や「わざとじゃなかったんだから」と慰める。二人のその姿は、いつも一同を引っ張っていく絢と冷静に物事を見ている友香里が逆転したようで、涼佑と直樹はただただ驚くばかりだった。ここで絢を責めても仕方ないと思った二人は、気まずさから逃げるように真奈美の方へ近付く。
「どうする? 真奈美」
「……というか、一個訊いていい?」
珍しく真奈美からの質問に涼佑が「なに?」と訊き返すと、彼女は彼の隣にいる巫女さんを指して、「その子は?」と訊いた。今まで誰も触れなかったし、それどころではなかったせいで、妙に溶け込んでいた巫女さんの存在を漸く彼らは認識した。そのあまりの遅さに、流石の巫女さんも思わず「おっそいなぁ!?」と驚く。涼佑も漸く気付いたのか、「あ」と声を上げて、簡単に彼女を皆に紹介した。
「この子……っていうか、この人が巫女さん。真奈美の儀式で呼び出して、オレの守護霊になってもらってる。さっきも助けられたんだ」
「よろしくな」
初めて見る巫女さんに一同は改めて驚き、絢なんかは驚きのあまり涙が引っ込んでしまったらしい。真奈美は見るからに何か慌てた様子で、巫女さんにぺこりとお辞儀をして「し、失礼しましたっ」と謝った。それに巫女さんが気さくに「いいって」と返すと、真奈美はまるで芸能人のファンのように口元を抑えて「はわぁああ……!」と感激しているようだった。
「んのバカッ! 転んだら死ぬって言われたでしょうがっ!!」
「あいてっ!?」
べりっ、と近くにいた少女の手で強制的に剥がされたそいつを涼佑は知っていた。
「直樹!? お前、あの後シャワー浴びるって言って、そのまま寝たのか?」
彼の目の前には絢に首根っこを掴まれて半泣きの直樹がいた。涼佑の問いに直樹は「違うんだよぉ……」と情けない声を上げる。涙声でどうにも上手く説明ができない様子の彼に代わり、絢が呆れながら説明してくれた。
「シャワー浴びに行った先で幽霊見て、そのまま気絶したんだって。本当バカだよね」
「だって……本当にいたんだよ! 幽霊! 絶対あれ、幽霊だって!」
「それで私達の誰よりも先にこの村に来ちゃって、って感じらしいよ。よく生きてたよね」
「動揺し過ぎて先に死んでてもおかしくない」と絢に断言され、直樹はぐうの音も出ないらしく、代わりに「ぐう……っ」と後悔の呻き声を発した。
「直樹くん、私が見つけた時には地面に座り込んでて……。見付けた時は一瞬、何かに取り憑かれてるのかと思っちゃった」
「不吉なこと言うなよぉ! 真奈美ぃ!」
「ごめんね?」
その後白状した直樹の話では、彼は気が付いたらこの村の入口にいて、誰かが来るまでずっとその場に座り込んで待っていたのだと言う。そこを真奈美に発見され、この民家に連れて来られたようだ。涼佑はたった一人であそこにいることを考え、彼が座り込んでしまったのも頷けた。転びさえしなければ、死なないのだから確かに正しい判断だったと言えよう。絢と友香里は涼佑達の前にほぼ同時に来て、やはり村の入口で合流したのだそうだ。
「じゃあ、これで全員か?」
「いつメンだけで言ったら、多分ね。他にも人来るとしたら、あの場にいた人全員なような気もするし」
「そうなったら、全員で無事に帰るとか無理じゃね? オレ終わったわ」
涼佑達が昼食を摂っていた中庭には、彼ら以外にも生徒はいた。もし、この夢に更に人が入って来るとなると、他の生徒も例外ではない。そう考え、一人静かに絶望する直樹。そんな彼とは対照的に真奈美は難しい顔をしていた。「どうした?」と涼佑に声を掛けられると、「ううん……」とやはり、難しそうな声を出す。
「あのね、もし絢の言ったことが本当に起こるとしたら、あの場にいた全員とは限らないんじゃないかなって、考えてた」
「限らない? ……なんで?」
真奈美が言うには、この夢は話を聞いた人のところにやって来る自己責任が伴う話だ。だからあの時、絢の話を聞いていた人間はここに来る可能性は高いが、そんなに声も張っていなかった上に近くに関係の無い人間もいなかった。なので、ここに彼らと関係の無い人間はそもそも来ないのではないか、という話だ。
「じゃあ、後ここに来る可能性がある奴はいない、って考えて良いってことか」
「うん、多分」
「…………確かに思い返してみても、オレ達以外に人が来るとは考えにくいか」
「で、これからどうするの? 真奈美」
直樹ときゃんきゃん言い合っているのに飽きたのか、絢が今後の方針を訊いてくる。真奈美なら何か対処法を知っていると思っていたようだが、彼女の回答は生憎の内容だった。
「どうしようね」
「え? 何その塩回答。『どうしよう』ってなに?」
「……この怪異は、昼間絢が言っていた通り、『転んだら死ぬ村』なんでしょう? 『転んだら死ぬ』。それだけの村だから、対処法は私にもよく分からないもの」
「え? ころ……ああ~! そういうことか! うわっ、ごめん。私、とんでもない話持って来ちゃった……」
何かに思い至ったのか、心底申し訳なさそうに沈んだ口調で謝る絢に、直樹が分かりやすく怯えた。しきりに「えっ、なに? なになになになに? おれら、どうすればいいの?」とおろおろし始める。直樹の焦りが移ったのか、友香里も不安そうな顔をしている。そんな中、絢は初めに「本当にごめん!」と全員に謝ってから自分が至った一つの仮説を説明し始めた。
「昼間、私がこの話聞いてきたじゃん? この夢って、『転んだら死ぬ村』の夢を見て実際に転んだら死ぬっていうだけの話だったじゃない。だから、対処法が何も無いの。どうすれば夢から覚めるとか、死なないで帰れる方法とか、そういうのが分からない」
「………………は?」
絢の言ったことをすぐには理解できなかったのか、直樹はもう一度「は?」と呆けた顔で呟き、段々理解できてきたらしく、ふらふらとした足取りで絢へ近付いた。彼女の肩を掴んで迫る。
「マジで……? マジで言ってる? お前、お前、なん……っ! お前さあっ! だから、嫌だって言ったんだよおれぇ! 自己責任系は止めろって、言ったじゃんっ!」
「………………うん、ごめん」
悔しげにきゅっと唇を引き結び、目には若干涙を滲ませてそれしか言えない様子の絢に、直樹は驚き、抗議することが頭から吹っ飛んでしまったらしい。いつも自分に突っかかってくる絢が泣きそうになっていることに、おろおろと慌て始めた。
「な、泣くことねぇじゃん」
「泣いてない……っ!」
「いや、泣いてんじゃんよ。――悪かったよ。何も、お前だけのせいじゃないって。こう……お前にそういう話した奴が悪いんじゃん」
珍しく直樹が慰めるが、絢は益々目を潤ませ、遂にぼろぼろ涙を零してしまった。彼女らしくない、しおらしい態度と涙に直樹も益々慌ててどうしたらいいのか分からないようで、助けを求めるように友香里の方を見た。目を向けられた友香里は、絢の様子を一瞥してから彼女に近寄って頭を撫でる。友香里の方が絢より背が低いので、自然と絢は少し頭を下げる姿勢になった。
「大丈夫だよ、絢。泣かないの」
「うっ……ぐすっ……。で、でもぉ、わだし、みんなに゛ぃ、め、迷惑掛けでぇ……!」
「本当にごめんなさい」と「あんな話に乗せられた自分が憎い」と悔しさと罪悪感に似た思いを涙声で訴える絢。そんな彼女を友香里は「しょうがないよ」や「わざとじゃなかったんだから」と慰める。二人のその姿は、いつも一同を引っ張っていく絢と冷静に物事を見ている友香里が逆転したようで、涼佑と直樹はただただ驚くばかりだった。ここで絢を責めても仕方ないと思った二人は、気まずさから逃げるように真奈美の方へ近付く。
「どうする? 真奈美」
「……というか、一個訊いていい?」
珍しく真奈美からの質問に涼佑が「なに?」と訊き返すと、彼女は彼の隣にいる巫女さんを指して、「その子は?」と訊いた。今まで誰も触れなかったし、それどころではなかったせいで、妙に溶け込んでいた巫女さんの存在を漸く彼らは認識した。そのあまりの遅さに、流石の巫女さんも思わず「おっそいなぁ!?」と驚く。涼佑も漸く気付いたのか、「あ」と声を上げて、簡単に彼女を皆に紹介した。
「この子……っていうか、この人が巫女さん。真奈美の儀式で呼び出して、オレの守護霊になってもらってる。さっきも助けられたんだ」
「よろしくな」
初めて見る巫女さんに一同は改めて驚き、絢なんかは驚きのあまり涙が引っ込んでしまったらしい。真奈美は見るからに何か慌てた様子で、巫女さんにぺこりとお辞儀をして「し、失礼しましたっ」と謝った。それに巫女さんが気さくに「いいって」と返すと、真奈美はまるで芸能人のファンのように口元を抑えて「はわぁああ……!」と感激しているようだった。