かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【1】引き籠り生活万歳!

 誰かの声が聞こえた。

『ねえ、知ってる? あの子、化物なんだって』

 その子は、わたしを見ながら言った。

『目が合うだけで殺されちゃうって噂だよ』

 振り返ると、すぐに目を逸らす。
 だけど止めない。周りの子とヒソヒソ話を続ける。

『だから、あの子には絶対に近づかない方がいいよ』

 声をかけようと近づいたら、皆から距離を取られる。
 まるで【化物】から逃げるかのように……。

     ※

 鳥の鳴き声が聞こえる。どうやら今日も日が昇ったらしい。
 でも、眠い。まだ眠い。

 カーテンを閉め切っているから部屋の中は真っ暗だし、ベッドは柔らかくてずっと横になっていたいし、掛布団に包まったまま二度寝するのがいい。

「お布団気持ちいい……」

 両親は朝から仕事にでかけている。家にはわたし一人なので、両親が帰宅するまでの間、二度寝をしたりゴロゴロしたりのんびりしたりしながら、自宅を警備する。それがわたしに課せられた仕事だ。

 外に出ることの出来ない窮屈な仕事だけど、不審者から自宅を守らなければならないから仕方ない。両親だって、いつもわたしに「それじゃあ、留守を頼んだぞ」と言葉をかけてくれる。頼りにしてくれている。その期待に応えなければならない。

「おやすみなさい……」

 だから二度寝する。
 次、目が覚めたときは、何かご飯でも探すことにしよう。

 そして再び、わたしは夢の世界に潜り込む。
 これが今のわたしにとっての平穏だから。

     ※

 ――リリア・ノルトレア。十五歳。

 五歳の頃、わたしは神童と呼ばれていた。
 三歳で魔力の流れを感じ取ることができたのを皮切りに、火属性の初級魔法に水属性の初級魔法、土属性に風属性と、次から次へと魔法の発動に成功する。

 そして五歳の頃、全属性の初級魔法の発動に成功する。
 その結果、わたしは虹色の魔法使いとして将来を嘱望されることになり、国から【虹魔】の称号を与えられた。

 同い年の子たちは、魔力を感じることもできない。
 たとえそれが王族の子だとしても、例外はない。

 ある日のこと。
 わたしは平民の出にもかかわらず、王族主催のパーティーに招かれることになった。

 そのパーティーの主役は【虹魔】の称号を持つわたしで、参加した誰も彼もがわたしに挨拶をしに来た。

 それも一通り終わってようやく休むことができると思ったのも束の間、国王陛下から今度は彼と話して欲しいとお願いされた。

 彼というのは、パーティー会場の隅で一人ポツンと座っていた男の子のことだ。

 近づいて声をかけてみる。
 すると、初めのうちは警戒していた男の子も、わたしが同い年だと分かり、次第に喋るようになってくれた。

 その男の子は、悩みを打ち明けてくれた。どうやらまだ魔力を感じることができないらしい。
 だからわたしは、その男の子に魔力の感じ方を教えることになった。

 わたしが【虹魔】の称号を持っていることを知ると、その男の子は憧れるような目でわたしを見てきた。それが嬉しくて、ついつい得意気になって教えてあげた。

 恐らくは、それがわたしにとって一番輝いていた日なのだろう。
 その日から日を重ね、何度も季節が変わり、歳をも重ね、気付けば十年の月日が流れ……。

 わたしは、神童からただの人……いや、ただの凡人に成り下がっていた。

 七属性の魔法が使えると言っても、どれもこれもが初級魔法止まりだった。
 そんなわたしに対する世間の評価は、神童から器用貧乏へと変わっていた。

 でも、辛いと思ったことはない。
 だって、両親はわたしのことを愛してくれている。周りが何と言おうと絶対的にわたしの味方で居てくれた。だから家の中は居心地抜群だった。

 その結果、わたしは学院に行くのを辞めた。
 日々、ダラダラと自堕落な生活を送るようになった。

 つまり、今のわたしは引き籠りだ。

 わたしを化物扱いした同級生たちは、今頃は中級魔法の一つか二つでも習得しているかもしれない。
 まあ、わたしには関係のないことだから気にはならないけど。

 とにかく、これから先もずっと引き籠り続ける。
 自宅を警備するのがわたしの仕事であり、それが神童ではなくなったわたしに課せられた生き方なのだ。

     ※

「……うぅ」

 耳障りな音が響く。
 うるさくて眠れない。二度寝が台無しだ。

「ああもう……何の音よ」

 掛け布団を足で押し退け、むくりと起き上がる。
 寝ぼけ眼を両手で擦り、それから大きな欠伸と背伸びを一つ。

 ――ぴんぽーん、と。

「……あぁ、チャイムね」

 わたしを二度寝から現実へと引き戻したのは、訪問者を知らせる魔法の音だった。

 両親は既に仕事に出かけているので、わたしが応対しなければならない。
 というわけで、わたしはいつものように居留守を使うことにした。

 ――ぴんぽーん。

「暫くすれば諦めるでしょ」

 そう言って、わたしは再び掛布団を被って横になる。三度寝の始まりだ。
 いや、その前に何か食べようかな。お腹が減ったし……。

 ――ぴんぽーん。

 ベッドから起き上がったわたしは、部屋の中に置いてある常備食を漁る。
 今日はどれを食べようか。それとも台所に行って何か探そうか。

 寝起きでボサボサの髪のまま、思案する。
 一流の魔法使いになる夢も今や昔、十五歳になったわたしは、家に引き籠って自堕落な生活を満喫している。

 ――ぴんぽーん。

 両親はわたしに激甘だ。
 学院にも行かずに引き籠る我が子に対して、むしろ毎日家に居てくれてありがとう、と何故か感謝されるほどだ。

 こんな生活を送るわたしだけど、これでも両親に悪いことをしているとは思っている。
 一流の魔法使いになれないのであれば、せめて政略結婚の駒にでもなれたら……と自ら考えることもあった。

 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。

 ただ、昔のわたしならともかく、今のわたしには何の魅力もない。
 神童から凡人に成り下がった平民のわたしを貰ってくれるような奇特な人はどこにもいないだろう。

 と言うかそもそも、それ以前の問題として、わたしの両親は結婚なんて絶対にさせないぞ、と意味不明なことを宣言している。親バカにも程がある。

 ――ぴんぽんぴんぽーん。

 それを言うなら家に引き籠るわたしもどうにかするべきなんだけど、残念ながら学校に通うのを辞めたわたしには、それができなかった。

 今日も今日とて、自堕落な生活を満喫する。
 そんな日々から抜け出すことができないし、そうするつもりもなかった。

 ――ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。

「あああもう! うるさい!」

 限界だ。

 居留守を使って諦めるのを待っていたけど、訪問者は何度も何度も音を鳴らす。二回か三回鳴らした時点で家には誰も居ないと理解して帰ってほしい。

 常備食を漁る手を止めて、音が鳴る方へ向けて右手をサッと振る。
 すると、わたしを苛々させていた音が綺麗さっぱり聞こえなくなった。

「……ふぅ、これで良し」

 ようやく、安寧の時間を取り戻すことができる。
 そう思ったのも束の間、

 ――トン。トントントンッ。

「っっぅ!」

 すると今度は、ノック音が響いた。
 どうして諦めないのか。この家には誰も居ないんだから早く帰ってください。

 ――トントンッ。

 心の中でそう願っても、ノック音が止むことはない。

「……分かった、分かったってば」

 出ればいいんでしょ。
 居留守しても無駄なら、さっさと相手をして帰らせればいい。

 根負けしたわたしは、渋々とばかりに部屋から出て階段を下りる。
 玄関の前に立つと、扉越しに深呼吸する。そして、

「……ど、どちら様、ですか?」

 緊張気味の声色で、訪問者に対して声を上げた。
 すると、

「――ぼくだ」

 と、一言。

「……」

 暫しの沈黙。そしてわたしは頭の中で叫んだ。

 いやいや、だれっ!?

 突っ込みつつも、冷静に対処する。
 誰かと訊ねてぼくだと答えるような人物だ。不審者の確立が非常に高いので、絶対に玄関の扉を開けてはならない。

「どこのどなたか存じませんが、今日は忙しいのでそのままお帰りください」

 忙しいのは事実だ。これからご飯を食べないといけないし、そのあとはまた部屋に引き籠ってダラダラする必要がある。でも、

「帰るわけないだろ」
「――え? へっ!?」

 ガチャリと、玄関の扉の鍵が開く音がした。

 何故?
 どうして……?

 いや、そんなことはどうでもいい。
 このままだと不審者に家の中へと入られてしまう。

「ちょっ、困ります!」

 慌ててわたしは玄関の鍵を閉める。
 しかしすぐに鍵が開く。この不審者、鍵開けの魔法を使えるみたいだ。

 必死になって扉を死守するけど、引き籠りのわたしの腕力ではどうにもならない。
 何度か鍵の開け閉めを繰り返したあと、強引に扉を開けられてしまった。

「あっ」

 反動で、わたしはふらついて倒れそうになる。
 それを不審者が片手で受け止めてくれたので、思わず顔を見上げてしまう。

「……え、っと、……どちら様でしょうか?」

 うん。ダメだ。
 この不審者が何者なのか、顔を見ても分からない。

 パッと見た印象で言うと、悪い人には見えない気がするけど……ひょっとしたら、お父様かお母様の知り合いなのだろうか。

 眉を潜めるわたしを見て、不審者は呆れ顔を作り込む。
 そして一言、口を開いた。

「リリア・ノルトレア。きみを迎えに来た」
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