かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【2】止めて! わたしを日の下に連れ出さないで!

「……」
「……ぼくの台詞、聞こえているか?」

 目を合わせたまま、そして片手で支えられたまま、わたしは思考を巡らせる。
 そして結論が出た。

 いやいや、だから貴方、誰ですか!?

「聞こえてます……けど、初対面ですよね?」

 見た感じ歳は近そうだけど、学院に通っていたときに見た顔ではない。だから見覚えがないし、声も聞いたことがない。これは絶対に初対面だ。

「初対面……きみとぼくが、初対面だと?」
「はい。違いますか?」
「違う! きみと顔を合わせるのはこれが二度目だぞ!」

 二度目、と不審者は言った。
 つまりわたしの予想通り、不審者は同級生や学院の関係者ではないということだ。

 では、一体どこの誰なのか。

「きみ、本当に……ぼくを覚えていないのか?」
「すみません」

 とりあえず謝る。
 そしてすぐに言葉を続ける。

「どこのどなたか存じませんが、お帰りいただけますか? 今ちょっと忙しいので」

 わたしは引き籠り生活で大変なのだ。
 不審者にはさっさとお帰りいただいて、自宅の警備に戻らないと。

「ぼくは、そんなに影が薄かったのか……?」

 すると、不審者は残念そうに深い息を吐いた。
 表情は曇り、悩んでいるように見える。

 けれどもすぐに立ち直り、支えてくれていた手を離してわたしと向かい合う。
 そして一つ咳払いをしてみせた。

「ぼくの名はレイトだ」
「……はあ、レイトさんですか」
「ああ、思い出してくれたか」
「いえ、どちらのレイトさんでしょうか」
「ッ」

 今度こそショックに耐え切れなかったのだろう。
 不審者ことレイトさんは、その場に片膝をついてしまった。

「……っ、いいだろう。きみがそこまでしらばっくれるのならば、強引に認識させるまでだ!」

 やけくそになったのか、それともムキになっているのか、レイトさんは力強く立ち上がると、もう一度自己紹介をやり直した。

「ヴァロキアのレイト! それがぼくだ! これで気付いただろう!」
「はあ、ヴァロキアのレイトさんですか……」

 はて、ヴァロキア?
 どこかで聞いたことがあるようなないような……。

「……って、この国の名前ですけど!」

 まさか、王族の方……!?

「やれやれだ、やっと気付いてくれたな」
「失礼しました! これはとんだご無礼を……!」

 慌てて、わたしは頭を下げる。
 けれどもレイトさん……レイト様は、その行動を否定する。

「止めろ! 頭を下げるな! ぼくはそういうつもりで名乗ったわけじゃない!」

 ではどういうつもりなのかとお尋ねしたいところだけど、レイト様はもう一言追加する。

「リリア、きみとぼくはそんな間柄じゃない! もっと対等な関係のはずだろう!」
「対等な関係……?」

 わたしと、王族であるレイト様が……対等?

「ああ、そうだ! 今も昔もずっと変わらない! 違うか!」
「……う、うーん」

 頭を捻って考えるけど、全く思い出せない。
 記憶の引き出しを全開にしても、レイト様との関係が出てこない。

「くっ、これでもまだぼくを思い出してくれないというのか……ッ!」

 遂には、レイト様は頭を抱えてしまった。
 わたしが原因なのは明らかだけど、それをどうにかする術がないのが心苦しい。

 とここで、レイト様は頭を振って大きなため息を吐く。そして、わたしの目を見ると、

「……もういい。とりあえずぼくについて来てくれ」

 そう言って、靴も履いていないわたしの手を取って、強引に外へと引っ張った。

「え、あ、あの! わたし、家から出ると病気になるんですけど……!」
「なるわけあるか!」
「ではあのっ、日の光を浴びると溶けてしまうので……!」
「ではってなんだ! ではって! それと日の光は浴びろ! そして健康になれ!」
「な、なんと無慈悲なことを……ッ! レイト様、貴方は鬼ですか!」
「鬼じゃない! ぼくはこの国の王子だ!!」

 この日、わたしは十年振りにレイト様と再会することになった。
 しかし残念なことに、このときのわたしはまだ、レイト様のことを全く思い出すことができなかった……。
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