かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【4】わたしとお茶して楽しいですか?

 質問、その一。
 どうしてわたしは、レイト様とお茶をしているんでしょうか?

「居心地が……」

 つい、キョロキョロと周りを見てしまう。
 平民の出のわたしが、こんなお洒落で高級感の溢れる喫茶店で、しかも街路沿いの日の当たる席でお茶をするだなんて、とてもじゃないけど耐えられない。

 レイト様はあれですか、わたしに今すぐ溶けろと心の中で仰っていますか?

「……あの」
「なんだ?」
「わ、わたしなんかと……お茶して、楽しいですか?」

 引き籠りのわたしよりも、レイト様とお茶するにはもっと相応しい女性がいるはず。わざわざわたしを選ぶ必要はない。それなのに、

「ああ、凄く楽しいね」

 全く否定することなく、肯定してくる。

「リリア、ぼくはこの日のために生きてきたようなものだ」
「この日のために……ですか?」
「ああ、そうだ」
「……? 今日って、そんなに大事な日なんですか?」
「おいおい、きみと再会した日だぞ? 忘れてくれるなよ」

 なるほど、そういう意味だったのか。
 でも、幾らなんでも大げさすぎる気がする。

「ところで、」

 挙動不審なわたしに対し、レイト様は昔を懐かしむような台詞を口にする。

「こうして二人でお茶をしていると、あの日のことを思い出すな」
「……あの日とはいつのことでしょうか?」
「はぁ、きみが忘れていることに既に慣れ始めたぼくがいるよ」

 ため息を吐き、レイト様は肩を落とす。
 けれども挫けるものかと言いたげな様子で、わたしに目を向けた。

「昔、きみとぼくがまだ五歳のときの話だ。あの日、王城でパーティーが開かれた。そしてそこに、きみが来た。そのパーティーの主役としてね」
「王城でのパーティー……行ったような記憶が薄っすらとあります」

 本当に、薄っすらとだけど。
 すると、レイト様が顔を明るくさせる。

「では、そこでぼくと出会ったことも――」
「全く覚えていません」
「そうだよな! そうだと思ったよ! くっ!」

 わたしの返事を聞いて、レイト様はガックリと項垂れる。
 見ているだけで可哀そうになってくる。

「……あの、本当に申し訳ありません」

 わたしが覚えてさえいれば、レイト様は悲しまずに済んだに違いない。
 でも、昔の記憶は正直言って嫌なものばかりだ。無意識のうちに忘れようとしていたのかもしれない。

「いい、もう慣れた」

 片手を上げ、わたしが謝るのを制する。

「……いや、精神的には常にダメージを負っているわけだが、心配しなくてもいい。これがきみと一緒に居るための代償だと思えば、実に安いものだ」

 そう言って、レイト様は真っ直ぐな瞳を向けてくる。
 その真剣な眼差しは、わたしの姿だけを捉えていた。そしてわたしは、口を開く。

「では、そろそろ帰ってもよろしいでしょうか」
「今! ぼくの話を聞いていたか!? 一緒に居ることについて力説していたと思うんだが! 伝わっていないのかな!?」
「はあ……、それよりも家に帰って自分の部屋に引き籠っていたいので」
「くっ! 家に負けるぼく……ッ!!」

 両手で顔を覆い、悔しそうな表情を浮かべている。
 一つ一つの動作が大げさだけど、段々とレイト様への対応にも慣れてきた感じがする。

「それにですね、先ほど顔を合わせたときにもお伝えしましたが、今両親は仕事に出かけています。ですので、家を留守にするわけにはいかないんです」
「何故だ? 別にどこの家でも留守宅はあるはずだ」
「いえいえ、わたしは両親の留守中を任されています。つまり、自宅を警備するのがわたしの仕事なんです」
「きみは引き籠りの鑑か!?」

 キリっとした顔で告げると、レイト様が驚きの声を上げる。

「くっ、それよりもだ! ぼくに話の続きをさせてくれ!」
「そのお話……長いですか?」
「短い! 短いからもう少しだけ我慢してくれ! 席に着いたまま聞いてくれ!」
「うーん……では、どうぞ」

 早く自宅を警備したいところだけど、レイト様に言われては仕方ない。
 渋々了承すると、再びレイト様が話を始める。

「えっとだな、あの日……そう、あのパーティーで、きみと出会ったぼくは、今このときと同じように、きみと二人でお茶をしたんだ」
「レイト様と二人で、お茶を……」

 五歳の頃のわたし、そんなことをしていたのか。
 全く覚えていないけど。

「そこで、ぼくは自分が抱えていたある悩みを口にした」
「悩みを?」
「ああ、……魔力を感じることができずに、凡人扱いされていると……リリア、今のきみと同じようにな」
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