かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【5】そろそろ溶ける寸前なので自宅警備に戻らせていただきます

 あの日、レイトはリリアに悩みを打ち明けた。

 初めて出会う同じ年の子で、話し易かったのもあるのだろう。
 明るくて元気いっぱいで、しかも全ての属性の魔法を発動することができる。でも、それを自慢するようなことはなく、同じ目線に立って最後まで話を聞いた。

 そして、一緒に魔力を感じることができるように特訓した……。

「あれからぼくは、魔力を自由に感じ取れるようになった……あの日があったからこそ、今のぼくがいる。だから、きみには感謝してもし切れないんだ」

 一息吐く。
 レイト様は空を見上げて眩しそうに目を細めると、再びわたしへと視線を戻した。

「そして探した。きみに会いたくて……きみに礼を言いたくて……」

 その想いは、きっと義務的なものなんだろう。
 レイト様は平民の出のわたしに対しても対等な関係であるかのように話してくれる。王族であるレイト様が本来する必要のないお礼一つのためだけに、わたしなんかと……。

「だからもし、きみと再会することが叶うのであれば、心からの感謝の気持ちを言葉にして送ろうと思っていた。そして同時に、あの頃とは違うぼくの姿を、きみに見て欲しいと感じていた……」

 そして、と口にして、レイト様はわたしの手を握る。

「こんなぼくでもよければ、きみと……」
「あの、そろそろ溶ける寸前なので、自宅の警備に戻ってもよろしいでしょうか」
「タイミング! このタイミングでそれを言うのかきみは!?」

 いやいや、タイミングと言われましても、公衆の面前でいきなり手を握られたら困ってしまうし、好奇に満ちた周囲の視線が痛すぎて冷や汗がダラダラ出て来るし、とにかく胃が痛いんです。可能であれば今すぐにでも家に帰ってベッドで横になってしまいたい。カーテンを閉めた部屋に引き籠って自堕落な生活を肌で感じて心から安心したい。

「……くっ、ここまでしてもぼくの気持ちが伝わらないとは……リリア・ノルトレア、さすがは【虹魔】の称号を持つ女性だ」

 よく分からないけど、恐らく【虹魔】の称号は関係ないと思う。

「まあ、いい。今日のところは、これで終いにしようじゃないか」
「えっ、本当ですか!」
「顔を明るくさせるな、顔を!」
「はっ、すみません、つい嬉しくて……」
「くっ!!」

 悔しそうなレイト様とは対照的に、わたしの顔色は明るい。
 もうすぐ家に帰ることができると分かったから心も軽くなったみたいだ。

「……だが、ぼくは諦めないぞ。やっときみと再会することができたんだ」

 でもどうやらレイト様はまだ何かを諦めていないらしい。
 席を立つわたしに向けて、ぶつぶつと声を発している。

「リリア、きみが引き籠りになったからといって、ぼくはきみを諦めるようなことは絶対にしない!」
「あの、わたしの何を諦めないのかさっぱり分かりませんけど、どうかお気になさらずに綺麗さっぱり諦めてください」
「無慈悲だなきみは!」

 わたしの引き籠り生活を脅かすであろう相手に対して、何を遠慮する必要があるというのか。

「くっ、とりあえず今日は家まで送ろう」
「一人で帰れますのでお構いなく」
「送らせてくれ!」

 この国の第一王子ともあろう御方が、まるで駄々を捏ねる子供のようだ。
 そうさせているのがわたしということに少々驚くけど、視線が痛いので大人しく従った方がいいだろう。

 結局、その日は久しぶりに太陽の下に姿を晒すことになり、あわや溶ける寸前の状態へと陥ったけど、無事に家へと戻ることができた。

 今日は忙しない一日だった。
 明日からは、玄関の鍵を魔法で開けられることがないように七重ロックを掛けることにしよう。あと、お父様とお母様が仕事に出かけたあと、玄関のチャイムが鳴らないように細工を施さないと……。
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