かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【8】殿下は何でもお見通しのようです

 はあ、と何度もため息を吐きたくなるのは山々だけど、聞きたいこともある。
 だからわたしは一旦現実逃避するのを我慢して、レイト様に質問してみることにした。

「ところでレイト様は、お暇なのですか?」
「ひま? ぼくが暇人に見えるか?」
「見えます」
「ズバリ言ったな!」
「はい、だって引き籠りのわたしなんかに構ってる暇があるんですから、暇すぎて退屈なんじゃないかと思いまして」
「それは暇だからではない。そして訂正するが、ぼくがリリアに構ってもらおうとしているんだ!」
「犬ですか!」
「リリアの犬か……それもいいな」
「よくありません! 不健全です!」

 まさか一国の王子を犬扱いするときが訪れるとは、夢にも思わなかった。
 しかも自ら犬になろうとする始末だ。

「いやしかし、きみの家は実に落ち着く……素晴らしいとしか言いようがない」
「王城に比べたら犬小屋みたいなものですけど」
「この空間はぼくの心に懐かしさのようなものを与えてくれる」
「昔、犬でも飼ってましたか? そのときの犬小屋に似てるのかもしれませんね」
「そして何より、この部屋にはリリアが居る……あぁ、なんて最高なんだ」
「もう一度、いえ、何度でも言いますね。レイト様、病院に直行してください」
「この病は誰にも治せないから却下だ。仮に病だとしても、ぼくはこれを治すつもりは毛頭ないぞ!」
「だからそんなことを決め顔で宣言しないでください!」

 息も絶え絶えにやり取りを交わしながら、わたしは深い息を吐く。

「レイト様、用が無いんでしたらお帰りください。わたしは二度寝したいんです!」
「用ならある。昨日、言い忘れたことがあったからな」
「言い忘れたこと……ですか?」
「ああ、そうとも」

 どうせろくでもないことに違いない。

「因みにだが、用が無くても来ていたがな!」
「用があっても無くても来ないでいいです!」
「きみはまたハッキリと言ってくれるな? だがそれもきみの良いところの一つだ」

 ダメだこの殿下、言葉が通じない。
 何度目かのため息を吐いたあと、わたしはレイト様と目を合わせる。

「……言い忘れたことって、何ですか」

 もう、口調も雑だ。相手が王族だろうと関係ない。
 するとレイト様は、こちらも何度目になるか分からないけど再び真顔を作り込む。

「リリア、きみはいつまでそうしているつもりなんだ?」
「いつまで……? そう、ですね……両親が許してくれる間は、このまま家に引き籠るつもりですよ。だからたとえレイト様になんと言われようとも、外に出ることはありませんから」
「いや、そうじゃない。ぼくが言っているのはきみの生活習慣についてではない。無論、いずれは外に出て欲しいとは思っているぞ? ほら、想像してみるといい。きみとぼくが手を繋いだまま、日の下を歩いてデートする……。どうだ? 想像するだけでも口元が緩んでしまうな」
「妄想罪で訴えてもいいですか?」
「そんな罪はないから不可能だな」
「ではせめてニヤニヤしないでください」
「全く、注文の多いリリアだな」
「そのほとんどがレイト様の手に寄って引き起こされているんですけどね!」

 指摘すると、レイト様は「確かに!」と笑う。
 いい加減相手をするのも疲れてきた。

「……で、それならレイト様の仰りたいことは何なんですか?」
「ぼくが言いたいこと、それはだな……」

 口を止め、言うか否か迷うように目を逸らす。
 今までとは少し違う態度に、わたしも眉を潜めた。すると、

「……リリア、きみはいつまで、嘘を吐いて生きていくつもりなのか」
「うそ? ……わたしがですか?」
「ああ。リリア・ノルトレア、きみは嘘を吐いている」
「えっと……その、それはいったい何のことでしょう? わたし、全く身に覚えがないんですけど」
「とぼけても無駄だぞ。ぼくはきみと共に魔力を感じることができるように特訓して以降、この国に住む誰よりも上手に魔力の流れを視ることができるようになったんだ。ぼくの言っていることの意味が分かるか?」
「……さあ」
「つまりきみは……かつて神童と呼ばれたリリア・ノルトレアは、本当の実力を隠したまま生きているということだ」

 その台詞を耳にしたとき、わたしはほんの少しだけ、肩を揺らしてしまった。
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