かつて神童と呼ばれたわたしも、今では立派な引き籠りになりました。ですので殿下、わたしを日の当たる場所に連れ出すのはお止めください!

【9】わたしの手で蹴りを付けさせてくれるみたいです

「リリア、きみの魔力量は常人のそれを遥かに上回っている。それはぼくが持つ魔力など比較にならないのはもちろんのこと、これまでにぼくが見てきた誰よりも高く、そして圧倒的と言えるだろう……。そう、リリアは強い。強すぎるんだ。王国一の魔法使いと呼ばれるぼくの叔父でさえも足下に及ばないほどにね」

 沈黙が流れる。わたしが何も言い返さないからだ。
 すると、レイト様がぽつりと優しく呟く。

「【虹魔】のリリア……それが、きみの二つ名だったな」

 ――【虹魔】。それが、神童と呼ばれたわたしに与えられた称号であり、二つ名だ。

「本来、きみは今頃もっと称賛を浴びているはずだった……でも、そうはならなかった。恐らくそれは、学院での出来事が関係しているんだろう。それがきみを変えてしまったんだろう……」

 でも、と付け加える。

「だからと言って、きみの才能が無くなるわけではない。その力を隠したまま、学徒等に凡人扱いされていたのは、初等部の頃のように化物と呼ばれるのが怖かった……違うか?」
「……悪いですか?」

 核心を突く質問に、わたしは棘のある言葉で返す。
 もう、ここまで分かっているのであれば、本心を隠す必要はない。

「わたし、まだ六歳だったんですよ? それなのに周りからは化物だと陰口を叩かれて、喋ってももらえなくて、目も合わせてもらえなくて……」
「……だから、力を使わないようにしたのか?」
「はい。だけどそしたら、今度は化物から凡人扱いですよ。ふふっ、笑っちゃいますよね? あれだけわたしのことを怖がったり避けたりしてたのに、わざわざ近づいて馬鹿にしてくるんですよ?」
「きみがもう一度、その力を見せれば――」
「できるわけないでしょう? もう一度力を見せたらどうなるか、そんなの凡人からまた化物に逆戻りするだけですよ。つまり、自分の立ち位置が変わるわけじゃありません。あの空間には、凡人か化物であることを受け入れなければ、わたしの居場所なんて無かったんです」

 そんな場所に、いつまでも通う必要はない。
 結局、わたしは学院を止めた。中等部までは頑張って通ったけど、高等部への進学は断念した。もうこれ以上は無理だった。心が壊れる寸前だったから。

 家の中は落ち着く。
 自分の部屋は心が安らぐ。
 誰にも脅かされることのない、わたしだけの聖域だ。

 この部屋の中に居る間は、周りを気にすることなく眠りの世界に落ちることができる。
 何も考えずにいることができる。

「――ならば来い」

 でも、レイト様はわたしの聖域に踏み込んできた。

「ぼくが用意しよう。きみが通いたいと思える学院を」
「……無茶なことを言いますね」
「無茶だと? このぼくに不可能なことはない。だから安心してついてくるといい。そしてきみを凡人と呼び嘲笑う奴らの顔色を変えてやれ。リリア・ノルトレアは凡人ではないぞと! 過去に貴様等が呼んでいたような化物だぞと!」

 レイト様は、もう一度わたしに凡人から化物になれと言った。

「確かに、きみが学院に行きたくない気持ちは話を聞けば納得することができる。だが、ぼくはきみだけが我慢して犠牲になったまま終わってほしくはない! あの【虹魔】のリリアが……ぼくが惚れた女が、ただの一度もやり返すことなく我慢する……そんな世界があってたまるものか!」

 だけど、化物になるだけでなく、我慢をするなとも言った。

「だから……頼む。ぼくからのお願いだ……。リリア、ぼくと一緒に学院へ行ってくれ。そして奴らを見返してやれ! 無論、ただでとは言わない! もしこの願いを聞き届けてくれるのであれば、ぼくはきみの願いを何でも聞くと約束しよう!」
「……何でも……ですか」
「ああ、何でもだ! たとえば、このぼくと結婚したいとか!」
「それ、レイト様の願望入ってますよね?」
「細かいことは気にするな! ぼくは嬉しいぞ!」

 嬉しいって言っているし……。
 本当に、この国の王子は勢い任せでおかしい。

「……ふ、ふふっ」

 でも、だからこそ……わたしは、我慢できずに笑ってしまった。

「レイト様は、変な人ですよね」
「変な人か……うん、よく言われる」

 肯定する。
 嫌な顔一つせずに。

「しかしだな、それはきみと出会ったのが原因なんだからな? その責任は取ってもらうから、覚悟しておいてほしい」
「なるほど、では仕方ありませんね」
「ああ、仕方ないんだ」

 ここまで言われてしまえば、意地を張り続けるのも馬鹿らしくなる。
 もう、これで終わりにした方がいい。その方がスッキリするはずだ。

「……条件があります」

 そう言うと、わたしはベッドから立ち上がると、手を差し出した。
 その相手はもちろん、レイト様だ。

「今日一日だけで構いませんので、わたしの味方でいてください」

 すると、レイト様はわたしの手を握り、真顔で首を横に振った。

「今日一日……? 断る。ぼくは今日も明日もその先もずっときみだけの味方だ」
「……心強いです」

 その言葉を聞いて、わたしはようやく決意する。
 自らの意思で、日の下に出ることを……。
 そして、自分の手で蹴りを付けることを……。
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