ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
「休憩いただきました」

 昼休憩から戻ると、ナースステーションにはスタッフが集まっている。少し様子がおかしい。

「……どうされました?」

 近くにいた奥野さんに話しかけると、奥野さんは気まずそうに目を伏せた。
 なにか態度がおかしい。ざわりとした胸騒ぎがする。
 そのとき、ワゴンのけたたましい音が聞こえた。重本さんと引田さんがナースステーションに入ってくる。

「506号室の佐藤さん、びらんの処置終わりましたぁ」

 ああ、お風呂の時に見つかった新しいびらんの……。重本さんにお礼を言おうとしたときだった。

 「助手さん、佐藤さんのびらんだけど、あなたがひとりで更衣介助したときにできたものじゃない? 全介助の人の更衣は服を引っ張ったらダメとあれほど言ったのに」
「――はい? あのびらんは入浴のときにはすでに……」

 弁明しようとする、より大きな声で遮られる。

「言い訳はけっこう! あなたがひとりで出来るって言ったから任せたのに。信じられないわ!」
「本当ですよ! うちと重本さんが入浴介助をしたときには、びらんなんてありませんでしたからね」

 目の前が真っ白になる。この人たちが何のために何を言っているのか、理解できない。立ち尽くしていると、重本さんは私に押し付けるようにしてプリントを渡してきた。

「はい、これが事故報告書(インシデントレポート)ね。書けたらわたしと引田さんがチェックするから。今日の18時までに提出するように」
「反省しなさいよね! ナースの命令は、ちゃんと聞きなさい。さ、みんな仕事に戻るわよ」

 その言葉を合図に、みんな蜘蛛の子を散らすようにナースステーションから出ていく。誰かに助けを求めようにも、今日は看護主任の関根さんもいない。同じ看護助手の同僚も重本さんたちには逆らえないだろう。そこまでして、私をかばうメリットはない。私が何を言ってもおそらく無駄だろう。

 悔しくて下唇を噛みしめる。重本さんは口角を上げて笑った。

「どう? これで自分の立場を理解できた? さぁ、早く書きなさい!」

 私は無理やりにナースステーションのデスクに座らされる。引田さんが私に囁く。

「佐藤さんは霧島先生の患者よね。しっかりと報告しないとね」

 できるだけ気にしないようにして、ボールペンを手に取る。彼女たちの思うように……つまり私が佐藤さんの介助中にびらんを作ってしまった……そう書けばいのだろう。それさえ書いてしまえば、彼女達は満足する。私もこの嫌な雰囲気の場所から逃げだすことができる。
 
 ――だけど、書けない。
 
 真実でないことを報告したら、私はもうこの仕事をできない気がする。

「手が止まってるわよ。それとも助手さんって字がわかんないわけ? びらんっていうのは皮膚欠損のこと。欠損はいくらなんでもわかるわよね?」

 就職してから自分なりに勉強してきた。それぐらいの知識はある。重本さんは続ける。

「簡単なことよ。着衣の際に、楽をしようとしてオムツを引っ張ったらびらんができた。自分が事故を起こしたのがバレるのが怖くて、すぐに報告できませんでした。そう書けばいいの」

 嘘ばっかりの内容。そんなの、そんなの……書けない!

 ボールペンを持つ手に力が入る。まんまふたりの罠にはまった自分が情けなくて、自分自身にも腹が立った。
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