ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
そのとき、私の目の前にある、事故報告書が取り上げられた。
「この事故報告書、書くのは宮原さんではないようだが?」
「――霧島、先生?」
先生の後ろには息を切らした奥野さんがいた。
「霧島先生の患者さんだからね。差し出がましいかと思ったけど、報告させてもらいました」
奥野さんは私に目くばせをする。びらんの犯人が私じゃないと思って、霧島先生を呼びに行ってくれたのだろうか。だけど、霧島先生が来てくれたからって問題が解決するわけではない。ふたりの言う事故が嘘だと証明することはできないのだから。重本さんと引田さんは不安そうな顔を一瞬見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「霧島先生、お言葉ですが佐藤さんのびらんに関しては助手さんの責任が大きいです。もちろん、わたしたちの監督不行き届きの面があるのは認めます。でもわたしたちも、まさか宮原さんがずぼらなケアをするとは思っていなかったんです」
「そんなことをする人とは思ってませんでした……霧島先生も、助手さんに幻滅したのではありませんか?」
ふたりから出る流暢な嘘に背筋が凍る。
霧島先生も、きっとふたりを信じるだろう。ふと、ケアについて語っていたときの霧島先生の笑顔が脳裏に浮かぶ。今、霧島先生は私に対して幻滅しているのだろうか。そう考えると、まるで心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
「ああ、幻滅したよ」
……やっぱり。目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。
「こんな最低な看護師がいるという、現実にな」
「――は、はぁ?」
「霧島先生! いくらお気に入りの助手だとしても、肩入れしすぎじゃないですか?」
「事実を基に言っている。重本ナース、引田ナース。君たちは看護師でありながら気付いていないのか?」
「な、なにを言ってるんですか!」
明らかに動揺した重本さんが霧島先生に詰め寄る。
「佐藤さんは、意識ははっきりしているし意思疎通ができる。病気や本人の特性も合って普段は会話をしないけれど、こちらの声は届いている。宮原さん、そうだろう?」
「は、はい。声かけに瞬きなどで返答してくれることもあります。調子のいいときには少しだけ会話をしてくれることもあります」
途端に、重本さんと引田さんの顔が青ざめていく。
「そんな、佐藤さん、わたしに返事なんてしてくれたことありません!」
「君たちが佐藤さんに丁寧な声かけをしてこなかっただけだろう! びらんの確認のときに、佐藤さんははっきりと教えてくれたよ」
ナースステーションの空気が冷たくなっていく。
「看護師が宮原さんを悪者にしようとしてる、と」
「ひっ……」
冷気さえ感じる先生の圧に、ふたりは後ずさる。
「患者を前に一体どんな話をしていたんだ? もう一度聞く。事故報告書を書くのは、誰だ」
「わ、わ、わたしたち……です……」
重本さんは膝から崩れ落ちて、床に座り込む。顔からは自信が失われていた。
引田さんは目を泳がせて、しきりに自分の手を握って怯えている。
霧島先生は吐き捨てるように呟いた。
「病棟の床は不潔で膝などついてはいけない。看護の常識だろう。宮原さんを見習って、基礎の勉強からやり直すといい」
私の冤罪は、霧島先生と奥野さん、そしてなにより……佐藤さんによって晴らされたのだった。
「この事故報告書、書くのは宮原さんではないようだが?」
「――霧島、先生?」
先生の後ろには息を切らした奥野さんがいた。
「霧島先生の患者さんだからね。差し出がましいかと思ったけど、報告させてもらいました」
奥野さんは私に目くばせをする。びらんの犯人が私じゃないと思って、霧島先生を呼びに行ってくれたのだろうか。だけど、霧島先生が来てくれたからって問題が解決するわけではない。ふたりの言う事故が嘘だと証明することはできないのだから。重本さんと引田さんは不安そうな顔を一瞬見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「霧島先生、お言葉ですが佐藤さんのびらんに関しては助手さんの責任が大きいです。もちろん、わたしたちの監督不行き届きの面があるのは認めます。でもわたしたちも、まさか宮原さんがずぼらなケアをするとは思っていなかったんです」
「そんなことをする人とは思ってませんでした……霧島先生も、助手さんに幻滅したのではありませんか?」
ふたりから出る流暢な嘘に背筋が凍る。
霧島先生も、きっとふたりを信じるだろう。ふと、ケアについて語っていたときの霧島先生の笑顔が脳裏に浮かぶ。今、霧島先生は私に対して幻滅しているのだろうか。そう考えると、まるで心臓がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
「ああ、幻滅したよ」
……やっぱり。目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。
「こんな最低な看護師がいるという、現実にな」
「――は、はぁ?」
「霧島先生! いくらお気に入りの助手だとしても、肩入れしすぎじゃないですか?」
「事実を基に言っている。重本ナース、引田ナース。君たちは看護師でありながら気付いていないのか?」
「な、なにを言ってるんですか!」
明らかに動揺した重本さんが霧島先生に詰め寄る。
「佐藤さんは、意識ははっきりしているし意思疎通ができる。病気や本人の特性も合って普段は会話をしないけれど、こちらの声は届いている。宮原さん、そうだろう?」
「は、はい。声かけに瞬きなどで返答してくれることもあります。調子のいいときには少しだけ会話をしてくれることもあります」
途端に、重本さんと引田さんの顔が青ざめていく。
「そんな、佐藤さん、わたしに返事なんてしてくれたことありません!」
「君たちが佐藤さんに丁寧な声かけをしてこなかっただけだろう! びらんの確認のときに、佐藤さんははっきりと教えてくれたよ」
ナースステーションの空気が冷たくなっていく。
「看護師が宮原さんを悪者にしようとしてる、と」
「ひっ……」
冷気さえ感じる先生の圧に、ふたりは後ずさる。
「患者を前に一体どんな話をしていたんだ? もう一度聞く。事故報告書を書くのは、誰だ」
「わ、わ、わたしたち……です……」
重本さんは膝から崩れ落ちて、床に座り込む。顔からは自信が失われていた。
引田さんは目を泳がせて、しきりに自分の手を握って怯えている。
霧島先生は吐き捨てるように呟いた。
「病棟の床は不潔で膝などついてはいけない。看護の常識だろう。宮原さんを見習って、基礎の勉強からやり直すといい」
私の冤罪は、霧島先生と奥野さん、そしてなにより……佐藤さんによって晴らされたのだった。