ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
「宮原さーん、おむつ交換手伝ってくれる?」
「はい、今すぐ行きます!」

 つくしを収穫していたあの日から一週間が経つ。
 私は新星病院の五階・回復期リハビリテーション病棟でナースエイドとして働いていた。
 まさか、こんなにスムーズに就職ができるなんてびっくりだよ。
 電話をしたら即日面接。その場で合格。あまりにもとんとん拍子に話が進むので不思議に思っていたけれど今ならその理由がわかる。……この新星病院は、とにかく人手が足りないのだ。

 あとから知ったのだけど、新星病院のような大きな病院は基幹病院と呼ばれるらしい。様々な科があり、地域に必要な医療の中核を担っている。私が配属された回復期リハビリテーション病棟は急性期の治療を終えた患者さんが自宅に帰るためのリハビリをするための場所。
 入院患者さんも色々な人がいるけれど、基本的には高齢者が多いし、認知症の患者さんが多い。おむつ交換やお風呂・食事のお手伝い、リハビリの補助などやることがたくさんある。
 いきなり現場に入って戸惑うことも多かったけれど、幸いにも同僚には恵まれていて、何も知らない私に丁寧に仕事を教えてくれている。おむつ交換を終えたあと、主任看護師の関根さんがアドバイスをしてくれた。

「手伝ってくれてありがとうね。宮原さん、だいぶ上手になったよ。だけど、紙おむつはシワにならないように意識して、ちゃんと伸ばしてあげてね。シワがあると褥瘡――床ずれの原因にもなるし、なによりシワがあるとつけていて気持ちが悪いから。そういうのは患者さんも嫌なはずだからさ」
「はい! ありがとうございます」

 私はポケットからメモを取り出して、アドバイスを書き残す。病院の仕事は専門用語も多くて覚えるのは大変だけれど、なにかを新しく覚えていくのは自分の成長を感じられて嬉しい。それに、お昼に栄養たっぷりの社食を食べられるのが本当に最高なんだよね。私は、新しい仕事を楽しい気持ちで始めることができていた。
 ……ただひとつのことを除けば。

「ねぇ、邪魔なんですけど」

 ナースワゴンをガラガラと鳴らして歩くその人は、あからさまに私を睨んだ。
 看護師の重本さん。私と同じ二十六歳で、看護師だ。

「す、すみません」

 端っこに避けると、重本さんは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
 その態度を見かねた関根主任が、重本さんを咎める。

「重本さん、そんな言い方はよくないんじゃ……」
「主任も主任です。その人は看護助手なんだから、同じ看護助手の人が仕事を教えたらいいじゃないですか」

 私は重本さんに嫌われている。そのせいか、私のことを決して名前では呼ばない。なにか仕事の指示をする時も「助手さん」と呼ぶのだ。関根主任は苦笑いを浮かべていた。

「でも、同じ現場で働く者同士なんだから……」
「はぁ? 冗談ですよね。由緒あるこの新星病院で働く看護のスペシャリトの私たちが、看護助手と一緒みたいなこと言わないでください。しかもこの人、介護の資格すら持ってないんでしょ」

 そう言われると、何も言い返せない。同じ看護助手――ナースエイドの人たちも、みんな介護福祉士という国家資格を持っている人ばかりだった。……プロばかりの世界に、私は本当に無資格でやってきてしまったのだ。

「……人手が足りないのはわかるけど、こんな素人が入社できるなんてね。それじゃ、わたしはラウンドの続きがあるので」
「ちょっと、重本さん!」

 関根主任の制止も届かず、彼女はワゴンをけたたましく鳴らしながら病室に入っていく。関根主任は気まずそうに自分の頬に手を当てた。

「――宮原さん、ごめんなさいね。彼女も彼女なりに仕事に真剣に向き合っているのよ。だから強い言葉が出るときがあるの。気にしないでね」
「はい、大丈夫です」

 重本さんは初めて会ったときから私のことを敵視しているようだった。理由はわからないけれど、私がまだ仕事のできない新人だからだろうと思うことにした。嫌な気持ちになるけれど、暗い顔で仕事をするわけにはいかない。

 正直、私は病院の仕事については全然わからない。だけど、居酒屋で働いていたときに学んだことがある。それは、どんなに忙しくても、嫌な気分でも、真摯に人に接するのが大事だということ。それと、笑顔が大切だということ。嘘のない、心からの笑顔は人を幸せにする。それはきっと、この仕事でも通じるはずだ。
 気持ちを切り替えると、廊下の奥から私を呼ぶ声がする。

「宮原さーん! 患者さんの検査があるから移乗手伝ってー!」
「はーい! すぐ行きます! 関根主任、ご指導ありがとうございました!」

 私は丁寧にお辞儀をして、別の看護師のもとへ向かった。
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