ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
夢のようなひと刻
入ってから知ったのだけれど、新星病院の社員食堂はちょっとした名物らしい。
広く開放的な食堂では手入れの行き届いた美しい中庭の風景も楽しめる。
〝質の高い医療を提供するためには、スタッフの健康も重要。そのために、栄養のある食事は不可欠〟なんだとか。
今は日中しか利用できないけれど、新星グループの他院では二十四時間稼働しているところもあるらしい。この食堂もそうなれば、お弁当に悩むこともなかったのにな。
なんて思いながらも、私はウキウキとカウンター前の列に並んだ。いくつか定食のセットが選べるようになっていて、そのうちのひとつが目に入る。
「今日のA定食は……鶏のから揚げ甘酢あんかけ? おいしそう~!」
食べる前からおいしいのがわかる。しかもこんなにおいしくてボリュームたっぷりの食事がなんと二百円で食べられちゃうんだもん。信じられないよ。
食堂のスタッフさんから食事を受け取り、私は空いている席に座る。今日はいつもより食堂に人が多くて、窓際の席はすでに埋まっていた。そういえば、奥野さんが「人気のメニューの日は人が多くて座れないこともあるよ」って言ってたっけ。そんなことを考えていると、私が座っているテーブルに影が落ちた。
「相席を頼んでもいいか?」
「――霧島先生! ど、どうぞっ」
外科医の先生でも食堂を利用するんだ。予想もしていなかった相手に身が縮こまる。
「ありがとう。というか、そんなに畏まらなくていい」
霧島先生は私の向かい側に座る。
「先生も、食堂に来られるんですね」
「ああ。ここの食事はうまいからな。最近は手術が立て込んでいて、なかなか来られなかったが……」
「手術もそうですが、外科医のお仕事って、大変なんでしょうね」
霧島先生は首にかけていた聴診器を外してソファーに置く。
「大変なのはどの仕事も一緒さ。君の仕事だってそうだ。患者を、人を支えるのは簡単なことじゃない」
霧島先生の言葉に、胸が熱くなる。私なんかでも、患者さんの役に立てているのかもしれない、と。
先生は上品に手を合わせ「いただきます」と言った。その指先は男らしくもあるけど、爪の先まで美しい。この手や指が、何百人という人を救っているんだと思うと、とても神聖なもののように感じた。
私も先生にならうように「いただきます」をする。
さっそく甘酢がかかった唐揚げを口に入れる。咀嚼する度、甘くてとろみのあるタレと、鶏の肉汁が混ざり合う。おいしさが次から次へと溢れてくる。
「おいし~っ!」
思わず頬に手を当て、笑みがこぼれてしまう。こうなったらもうお箸は止まらない。私は次々と食事を食べ進めてしまった。定食を綺麗にたいらげたとき、気づいたら先生が私を見て笑っていた。
「宮原さんは、とてもおいしそうに食べるんだね」
「す、すみません! 先生の前で私……」
我に返り、自分の言動が恥ずかしくなった。
「いや、とても見ていて気持ちがいい。君は不思議な人だな。その場にいるだけで、緊張をほぐしてくれるようだ。患者さんから人気なのも頷ける」
「わ、私が人気なんてとんでもない!」
「本当だよ。前にも話したが、俺が担当している患者なんてみんな宮原さんの話をしているんだよ。『いつも優しく話を聞いてくれる』『あの子を見るとほっとする』なんてね」
「そんな……恐縮です」
「俺も患者さんからそういう話を聞くと、新星病院のスタッフのひとりとして誇らしい。感謝しているよ」
霧島先生と私では立場が全然違う。だけど、先生の私への接し方は私を対等な立場、相手として見てくれているのがわかる。きっと、それは私だけ特別なんじゃない。誰に対してもそうなのだろう。喜びを噛み締めていると、先生が食事のトレイを片付け始めた。
「もう少し宮原さんと話がしたい。時間があるなら、中庭に行かないか?」
「は、はい! ぜひ!」
私は先生のあとをついていくように、トレイを片付けて病院の中庭に向かう。
途中、カップ式の自動販売機の前で先生は歩みを止めた。先生はお金を入れると「好きなものを選びなさい」と私に促す。慌てて「そんな、悪いです!」と返すが「貴重な休憩時間をもらうんだ。遠慮せずにこれぐらい受け取ってくれ」と押し切られたので、ありがたくカフェオレのボタンを押す。続いて先生もブラックコーヒーを買った。
カフェオレを飲むなんていつぶりだろう。
半分残して明日に置いておきたい気持ちが出てくるけれど、さすがにやめておこう。
広く開放的な食堂では手入れの行き届いた美しい中庭の風景も楽しめる。
〝質の高い医療を提供するためには、スタッフの健康も重要。そのために、栄養のある食事は不可欠〟なんだとか。
今は日中しか利用できないけれど、新星グループの他院では二十四時間稼働しているところもあるらしい。この食堂もそうなれば、お弁当に悩むこともなかったのにな。
なんて思いながらも、私はウキウキとカウンター前の列に並んだ。いくつか定食のセットが選べるようになっていて、そのうちのひとつが目に入る。
「今日のA定食は……鶏のから揚げ甘酢あんかけ? おいしそう~!」
食べる前からおいしいのがわかる。しかもこんなにおいしくてボリュームたっぷりの食事がなんと二百円で食べられちゃうんだもん。信じられないよ。
食堂のスタッフさんから食事を受け取り、私は空いている席に座る。今日はいつもより食堂に人が多くて、窓際の席はすでに埋まっていた。そういえば、奥野さんが「人気のメニューの日は人が多くて座れないこともあるよ」って言ってたっけ。そんなことを考えていると、私が座っているテーブルに影が落ちた。
「相席を頼んでもいいか?」
「――霧島先生! ど、どうぞっ」
外科医の先生でも食堂を利用するんだ。予想もしていなかった相手に身が縮こまる。
「ありがとう。というか、そんなに畏まらなくていい」
霧島先生は私の向かい側に座る。
「先生も、食堂に来られるんですね」
「ああ。ここの食事はうまいからな。最近は手術が立て込んでいて、なかなか来られなかったが……」
「手術もそうですが、外科医のお仕事って、大変なんでしょうね」
霧島先生は首にかけていた聴診器を外してソファーに置く。
「大変なのはどの仕事も一緒さ。君の仕事だってそうだ。患者を、人を支えるのは簡単なことじゃない」
霧島先生の言葉に、胸が熱くなる。私なんかでも、患者さんの役に立てているのかもしれない、と。
先生は上品に手を合わせ「いただきます」と言った。その指先は男らしくもあるけど、爪の先まで美しい。この手や指が、何百人という人を救っているんだと思うと、とても神聖なもののように感じた。
私も先生にならうように「いただきます」をする。
さっそく甘酢がかかった唐揚げを口に入れる。咀嚼する度、甘くてとろみのあるタレと、鶏の肉汁が混ざり合う。おいしさが次から次へと溢れてくる。
「おいし~っ!」
思わず頬に手を当て、笑みがこぼれてしまう。こうなったらもうお箸は止まらない。私は次々と食事を食べ進めてしまった。定食を綺麗にたいらげたとき、気づいたら先生が私を見て笑っていた。
「宮原さんは、とてもおいしそうに食べるんだね」
「す、すみません! 先生の前で私……」
我に返り、自分の言動が恥ずかしくなった。
「いや、とても見ていて気持ちがいい。君は不思議な人だな。その場にいるだけで、緊張をほぐしてくれるようだ。患者さんから人気なのも頷ける」
「わ、私が人気なんてとんでもない!」
「本当だよ。前にも話したが、俺が担当している患者なんてみんな宮原さんの話をしているんだよ。『いつも優しく話を聞いてくれる』『あの子を見るとほっとする』なんてね」
「そんな……恐縮です」
「俺も患者さんからそういう話を聞くと、新星病院のスタッフのひとりとして誇らしい。感謝しているよ」
霧島先生と私では立場が全然違う。だけど、先生の私への接し方は私を対等な立場、相手として見てくれているのがわかる。きっと、それは私だけ特別なんじゃない。誰に対してもそうなのだろう。喜びを噛み締めていると、先生が食事のトレイを片付け始めた。
「もう少し宮原さんと話がしたい。時間があるなら、中庭に行かないか?」
「は、はい! ぜひ!」
私は先生のあとをついていくように、トレイを片付けて病院の中庭に向かう。
途中、カップ式の自動販売機の前で先生は歩みを止めた。先生はお金を入れると「好きなものを選びなさい」と私に促す。慌てて「そんな、悪いです!」と返すが「貴重な休憩時間をもらうんだ。遠慮せずにこれぐらい受け取ってくれ」と押し切られたので、ありがたくカフェオレのボタンを押す。続いて先生もブラックコーヒーを買った。
カフェオレを飲むなんていつぶりだろう。
半分残して明日に置いておきたい気持ちが出てくるけれど、さすがにやめておこう。