ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
 新星病院の美しい中庭は病院の中心にあるので、たくさんの病棟からこの景色が楽しめるようになっている。ツツジにクレマチス、ガーベラにポピー。残念ながらおいしい花はない。雑草として生えてるカラスノエンドウくらいか。って、最近の貧乏暮らしのせいですぐに食べられる野草を探してしまう。本当に良くない。
 中庭の存在は知っていたけれど、実際に訪れたのは初めてだった。ベンチやテーブルが設置されていて、患者さんが家族と一緒に談笑している姿もあった。

「ここに座ろう」

 開いているベンチがあったので、先生と並んで座る。食堂では対面だったけど、横に並んで座ると先生との距離がより近くなって緊張する。私はそれを悟られないように「いただきます」と先生に伝えてカフェオレを一口飲んだ。うまい。うますぎる。それにしても、なんで先生は私と喋りたいなんて思ったのだろう。疑問に感じていたところで、先生が口を開いた

「ところで、田中恵子さんの容体はどうだ?」

 ――田中恵子さん。霧島先生の担当している高齢の患者さんだ。たしか足の付け根……大腿骨を骨折して手術をした。つい二日前から、リハビリが開始されたはず。

「そうですね……私は普段トイレや入浴のお手伝いをしています。そういえば、リハビリについては霧島先生も理学療法士の先生も厳しいと愚痴られていました。大手術したのに足を動かせ動かせと言って、この病院の先生らは本当に鬼だ!って」

 先生はふっと笑う。

「田中さんらしいな。それで君はどう答えたんだ?」

「先生もきっと田中さんのために心を鬼にして言ってるんですよ。田中さんだってひとりでトイレに行きたいって話されてたじゃないですか。と返したら納得されてました」

 先生は頷く。

「宮原さんは、こういう仕事を未経験だったんだろ? それなのに、俺たちの仕事をよくわかってくれている。医者ははっきり、ときに厳しく言うのも治療のひとつだ。リハビリをさぼったら合併症の原因にもなるからな」
「そうなんですね」

 ――先生、なんだか機嫌がいい? 真剣な表情で病棟を歩いている姿が印象的な彼が、今は柔らかな笑みを浮かべていた。

「でもだからと言って、厳しいばかりではだめだ。そうやってリハビリの辛さを愚痴れる相手がいるというのは、患者の心の支えになる。気を付けてはいるんだが、俺はどうも必要以上に怖がられてね。君がいてくれて、本当に助かるよ」
「患者さんや霧島先生のお役に立てるなら、嬉しいです」

 霧島先生は、良い意味で一般人らしからぬ容姿だもん。冷たい印象を受けるのも、少しだけわかる。先生はこんなにも患者さんを慮っているのに。

「私、霧島先生のこと尊敬しています」

 本心でそう伝えると、霧島先生はなぜか目を逸らした。

「……ありがとう。宮原さん、また食堂に一緒になったときには、患者について聞かせてくれるか? 病棟ではなかなか聞けないこともあるからな」
「はい、もちろんです!」

 その日から私と霧島先生は、ときどき食堂で一緒にご飯を食べるようになった。
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