ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
「やっと、やっとだ……! 待ちに待った給料日!」
勤務終了後、私は給与明細を天に掲げるようにして喜んでいた。
新星病院に就職して一ヶ月。初めてのお給料。嬉しくて今にも踊ってしまいそう。だってそうでしょ。ほぼ無一文生活から、やっと抜け出した瞬間なんだもの。
居酒屋で働いていたときよりお給料も増えている。これなら、借金の返済をしても少し余裕が出るかも……。少なくとも、野草ばかりに頼るのは避けられそうだ。野草もおいしいんだけど、やっぱり動物性たんぱく質も摂取しないとね。私は少し乾燥した気がする皮膚を撫でる。今日は奮発して魚肉ソーセージでも買ってみようかしらん。
ウキウキしながら更衣室で着替えを済ませ、病院を出た。仕事で疲れた足なのに、帰り道も足取りが軽い。いつもの川沿いの道に差し掛かる前、歩いている私の横に車が止まった。
なかなか見ることのない珍しい車。目立つけれど、ガラの悪さは感じない上品なパープルの車体。流線形のデザインは車をよく知らない私でも、これが高級車だとわかる説得力を醸し出していた。
車の窓が静かに開く。車を運転していたのは霧島先生だった。
「お疲れ、今帰りか?」
「き、霧島先生⁉」
白衣を着ていない霧島先生。ピシッとした黒いシャツを着ていて、いつもとの印象の違いに驚く。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。良かったら乗っていかないか?」
今日の私の私服は白いパーカーとジーンズ。年季の入ったもので毛羽立ちもある。こんな格好で先生と並ぶのは、いくらなんでも気が引けるような。まごまごしていると、先生はハザードをたいて車から降りる。そして、助手席のドアを開いた。
「今日、働いてちょうど一ヶ月だろう? 迷惑でなければ食事でも行こう」
霧島先生、覚えていてくれたんだ……! そのことが嬉しくて、鼻の奥がつんとした。さすがに、これで先生の誘いを断るのは失礼だろう。ほんの僅かだけどお金に余裕もあるし……。先生には、いつもお世話になっているしね。
「はい、わかりました!」
私がそう答えると、先生はくしゃりと顔を破顔させた。それはいつもとは違う、まるで子どものような笑顔だった。
私は助手席に座る。私がシートベルトをしめると、先生は上機嫌に車を発進させた。
滑らかに車は動き出す。柔らかいシーツの座り心地。左ハンドル。そのすべてが初めての経験だった。
「良かったよ。断られたらどうしようかと思った」
「先生から食事に誘われて、断る人なんてきっといないですよ」
「どうかな? 女性を食事に誘ったのは初めてだから」
「嘘!? でも、誘われたことはたくさんあるでしょう?」
「……それはノーコメントだ」
私たちは声を出して笑った。霧島先生はどう考えても私とは別世界の人なのに、こんなに楽しく話ができるのはどうしてなのだろう。しばらく車を走らせながら、世間話をする。
「それで、食事はなにを食べたい?」
「あ、その前にコンビニに寄ってもいいですか? お金を下ろしたくて」
「別に構わないが……?」
不思議そうにする先生。今、私の財布には13円しか入っていないと知ったらきっとびっくりするだろうな……。
コンビニに着くと、私はコンビニのATMに急ぐ。すでに時間外なので手数料が痛いが、今回ばかりは致し方ない。私はお金を10万円程引き出し、まずは消費者金融への返済をする。返済期日がギリギリだったのでこれだけは今日しておかないと……。他の返済や電気代や家賃を考えると、今月は1万5千円程度は生活費に回せる。それに、借金の全額返済も、不可能な数字ではなくなってきている。今までの長い苦労を思い返すと、まるで夢のようだ。私は軽くスキップをしながら先生の車に戻る。
「お待たせしました! 先生、どこに食事に行きたいですか?」
「今日は宮原さんが食べたいものを聞いて決めるつもりだよ」
「んー、だったら……お肉、とか?」
牛丼だったら450円。先生は男の人だから大盛かもしれないな。そしたら650円。私でもご馳走できるレベルだ。先生にいつもお世話になっているから、できるならご馳走したいな。あ、でも焼肉になったらどうしよう。近くの焼肉カルビーンはたしか食べ放題2780円だったけ。う、さすがにそれはきついかも。
「肉か。それならフランス料理のブランシュなんてどうだ?」
私は驚きすぎてフロントガラスに頭をぶつけそうになる。
「ブ、ブランシュってドレスコードもある高級フランス料理店じゃないですか⁉ さすがにそれは無理です!!」
テレビでよく紹介されているので知っている。私のようなド貧乏には縁がない場所なので、眩暈がした。先生はきょとんとした顔をしている。
「フランス料理が苦手なのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが、さすがにブランシュは私には高すぎます……。それにドレスコードもあるらしいですし。私、こんなボロボロの服だから入ったら追い出されちゃいますよ」
「食べたいのか? 食べたくないのか?」
「そ、それは食べたい気持ちはありますけど!」
食堂に流れているテレビでブランシュの特集がされていたことがあった。美味しそうなステーキの映像を思い出すと、口の中に唾が溢れてきた。
「オーケー。それなら何も問題ない」
そう言うと先生は車を発進させた。
勤務終了後、私は給与明細を天に掲げるようにして喜んでいた。
新星病院に就職して一ヶ月。初めてのお給料。嬉しくて今にも踊ってしまいそう。だってそうでしょ。ほぼ無一文生活から、やっと抜け出した瞬間なんだもの。
居酒屋で働いていたときよりお給料も増えている。これなら、借金の返済をしても少し余裕が出るかも……。少なくとも、野草ばかりに頼るのは避けられそうだ。野草もおいしいんだけど、やっぱり動物性たんぱく質も摂取しないとね。私は少し乾燥した気がする皮膚を撫でる。今日は奮発して魚肉ソーセージでも買ってみようかしらん。
ウキウキしながら更衣室で着替えを済ませ、病院を出た。仕事で疲れた足なのに、帰り道も足取りが軽い。いつもの川沿いの道に差し掛かる前、歩いている私の横に車が止まった。
なかなか見ることのない珍しい車。目立つけれど、ガラの悪さは感じない上品なパープルの車体。流線形のデザインは車をよく知らない私でも、これが高級車だとわかる説得力を醸し出していた。
車の窓が静かに開く。車を運転していたのは霧島先生だった。
「お疲れ、今帰りか?」
「き、霧島先生⁉」
白衣を着ていない霧島先生。ピシッとした黒いシャツを着ていて、いつもとの印象の違いに驚く。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。良かったら乗っていかないか?」
今日の私の私服は白いパーカーとジーンズ。年季の入ったもので毛羽立ちもある。こんな格好で先生と並ぶのは、いくらなんでも気が引けるような。まごまごしていると、先生はハザードをたいて車から降りる。そして、助手席のドアを開いた。
「今日、働いてちょうど一ヶ月だろう? 迷惑でなければ食事でも行こう」
霧島先生、覚えていてくれたんだ……! そのことが嬉しくて、鼻の奥がつんとした。さすがに、これで先生の誘いを断るのは失礼だろう。ほんの僅かだけどお金に余裕もあるし……。先生には、いつもお世話になっているしね。
「はい、わかりました!」
私がそう答えると、先生はくしゃりと顔を破顔させた。それはいつもとは違う、まるで子どものような笑顔だった。
私は助手席に座る。私がシートベルトをしめると、先生は上機嫌に車を発進させた。
滑らかに車は動き出す。柔らかいシーツの座り心地。左ハンドル。そのすべてが初めての経験だった。
「良かったよ。断られたらどうしようかと思った」
「先生から食事に誘われて、断る人なんてきっといないですよ」
「どうかな? 女性を食事に誘ったのは初めてだから」
「嘘!? でも、誘われたことはたくさんあるでしょう?」
「……それはノーコメントだ」
私たちは声を出して笑った。霧島先生はどう考えても私とは別世界の人なのに、こんなに楽しく話ができるのはどうしてなのだろう。しばらく車を走らせながら、世間話をする。
「それで、食事はなにを食べたい?」
「あ、その前にコンビニに寄ってもいいですか? お金を下ろしたくて」
「別に構わないが……?」
不思議そうにする先生。今、私の財布には13円しか入っていないと知ったらきっとびっくりするだろうな……。
コンビニに着くと、私はコンビニのATMに急ぐ。すでに時間外なので手数料が痛いが、今回ばかりは致し方ない。私はお金を10万円程引き出し、まずは消費者金融への返済をする。返済期日がギリギリだったのでこれだけは今日しておかないと……。他の返済や電気代や家賃を考えると、今月は1万5千円程度は生活費に回せる。それに、借金の全額返済も、不可能な数字ではなくなってきている。今までの長い苦労を思い返すと、まるで夢のようだ。私は軽くスキップをしながら先生の車に戻る。
「お待たせしました! 先生、どこに食事に行きたいですか?」
「今日は宮原さんが食べたいものを聞いて決めるつもりだよ」
「んー、だったら……お肉、とか?」
牛丼だったら450円。先生は男の人だから大盛かもしれないな。そしたら650円。私でもご馳走できるレベルだ。先生にいつもお世話になっているから、できるならご馳走したいな。あ、でも焼肉になったらどうしよう。近くの焼肉カルビーンはたしか食べ放題2780円だったけ。う、さすがにそれはきついかも。
「肉か。それならフランス料理のブランシュなんてどうだ?」
私は驚きすぎてフロントガラスに頭をぶつけそうになる。
「ブ、ブランシュってドレスコードもある高級フランス料理店じゃないですか⁉ さすがにそれは無理です!!」
テレビでよく紹介されているので知っている。私のようなド貧乏には縁がない場所なので、眩暈がした。先生はきょとんとした顔をしている。
「フランス料理が苦手なのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが、さすがにブランシュは私には高すぎます……。それにドレスコードもあるらしいですし。私、こんなボロボロの服だから入ったら追い出されちゃいますよ」
「食べたいのか? 食べたくないのか?」
「そ、それは食べたい気持ちはありますけど!」
食堂に流れているテレビでブランシュの特集がされていたことがあった。美味しそうなステーキの映像を思い出すと、口の中に唾が溢れてきた。
「オーケー。それなら何も問題ない」
そう言うと先生は車を発進させた。