ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
ブランシェは高級ホテルの最上階にある。
ホテルの一階にはこれまた高級そうなセレクトショップがあり、私はそこに連れていかれた。話に聞くと先生御用達のお店らしい。店員さんも顔見知りのようで、霧島先生を見るとすぐにこちらにきて接客をはじめた。
「霧島先生、こんばんは。お連れさんとは珍しいですね」
「ああ。今からブランシェで食事をするので、この子に一式お願いしたい」
「え、ちょ、先生⁉」
「何も心配しなくていい。せっかくのお祝いなんだ」
私は店員さんに押されるようにお店の中に連れていかれて、着替え、メイクまでさせられてしまった。
押しの強い店員さんに言われるがままにされて、まるで着せ替え人形になったような気分だ。
そうして、私の目の前に全身鏡が置かれた。
「――宮原さま、大変お美しゅうございます」
先生のシャツと同じような、洗練されたデザインの黒いワンピース。歩くたびに銀のスパンコールが煌めいている。足元はワンピースによく似合う、真珠色に輝くハイヒール。ヘアセットは緩く巻かれて豪華。リップは鮮やかなほどのピンク。まるで私じゃないみたい。鏡に映るその人を見て、私はドキリとする。
「それでは、お楽しみくださいませ」
着ていたものはすべて紙袋に入れてくれていた。私はそれを受け取る。
「あの、お会計は……」
「霧島先生からいただいております」
丁寧なお辞儀で送りだされ、私は先生が待っていたカウンターへと向かう。私に気づいた先生は、にこりと笑った。
「うん、とても綺麗だ」
「霧島先生、その、お金を立て替えてくれたみたいで……!」
私がご馳走するつもりでいたのに、なにやら状況がおかしい。混乱している私をなだめるように先生は話す。
「今日は金なんてなにも気にしなくていい。普段の礼のつもりで受けとってくれ」
「そんな、私お礼をいただくことなんてなにも……!」
「男の俺に恥をかかせないでくれ」
「でもっ」
詰め寄ろうとすると、履き慣れていないヒールのためか足がもつれる。先生はサッと私を受け止めて、自分の腕を差し出した。
「大丈夫か? 当日だったけど運よくブランシェの予約はとれたよ。席までエスコートしよう」
まるで夢のようなひとときに、本当にこれが現実なのかと疑ってしまう。
「ほら」
ここまで言ってもらえてるんだ。私は覚悟を決める。言われるがままに霧島先生の腕に自分の手を絡めた。シャツ越しに伝わる先生の体温を感じながら。エレベーターで最上階にあがっていく。それに合わせて、私の体は中心から熱くなっていくようだった。
ブランシェの内装はテレビで見るよりもずっと素敵だった。まるでどこかの国のお城にでも来たみたい。
温かな光を灯すシャンデリア、真っ白なテーブルクロス、赤くて高級感のあるベロアの椅子。そのすべてが光り輝いていた。先生がテキパキと、私の希望通りに注文をしてくれる。頼もしい男性とはこういう人のことを言うのだろうか。料理が運ばれてくるのを待っている間、なぜか先生は嬉しそうにしている。
「先生、なにからなにまですみません。私がご馳走するつもりだったのに」
「君にはいつも助けられているからね」
「さっきもお礼と仰られてましたが、私なにもしてないと思うのですが……」
「宮原さんは自分が思う以上に、色々な人を助けているよ。俺も、難しい手術の前でも君と話していると不思議と緊張がほどけて、自信が出てくるんだ」
会話の最中にノンアルコールのシャンパンが運ばれてくる。先生は運転があるし、私も同じものにした。
シャンパングラスに注がれたい美しい液体。先生が「乾杯」というのでグラスを合わせる。チン、という小気味のいい音が鳴った。一口飲むと、甘くて酸味のある泡が舌のうえで弾けていく。
「霧島先生でも、手術で緊張するんですね」
「当たり前だ。だけど、それを患者に悟られるわけにはいかない。俺以上に、患者やその家族はもっと緊張するだろうから。決して気は抜けない。だけど緊張しすぎてもミスが生まれる。だけど今は君が病棟にいてくれることで、安心出来ている自分がいるんだ」
「そんな、私なんかより頼りになるスタッフさんはたくさんいます」
「もちろん、ほかのスタッフも信頼しているし、君よりも知識や技術があるスタッフはいる。だけど、宮原さんは特別だ。ほかのナースやナースエイドと違って、医者や患者に特別に媚びたりしない。本当に患者のことを考えて動いている。そのような人材は、きっと新星病院でも数えるほどしかいないだろう」
「霧島先生……」
感動して、言葉に詰まる。溢れそうになった涙をどうにか堪えた。
必死に働いたこの一ヶ月を認めてもらえたようで、胸が熱くなっていた。
「これからも、よろしく頼むよ」
「……はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
私たちはもう一度乾杯をした。その後はとてもおいしいフランス料理と一緒に、たわいもない会話を楽しんだ。初めて会ったときに霧島先生が連れていたペチュニアは先生が飼っているのではなく、新星病院の理事の飼い犬だとか。先生も私のつくし取りのことを質問してくれたので、おいしく食べられる雑草やその効能について教えると興味深そうに話を聞いてくれた。「いつか食べたい」と言ってくれたけれど、あれは本心なのだろうか。高級フランス料理を目の前にして、雑草が食べたいと言うのは正気の沙汰とは思えない。
私は図書館に行くのが好きで、雑草やその調理方法については図書館で勉強している。最近は、介護や看護の本を読むようになったと話すと、とても感心してくれた。プライベートの霧島先生はとても聞き上手で、いくらでも話をしてしまう。お酒を飲んでいないのに、心地よい高揚感が体を満たしていく。
***
家に帰って丁寧にワンピースを脱ぐ。なんだか緊張と一緒に甘い余韻が抜けていくようだった。今日は完璧に見える霧島先生でも緊張することがわかったりして、なんだかとても先生を身近に感じた。それと同時に、以前よりも、もっともっと素敵な人に見えた。私とは別世界の人。憧れなんか抱いてはいけない。そう頭ではわかっているのに。その夜は霧島先生の笑顔を何度も思い出してしまって、なかなか寝付けなかった。
ホテルの一階にはこれまた高級そうなセレクトショップがあり、私はそこに連れていかれた。話に聞くと先生御用達のお店らしい。店員さんも顔見知りのようで、霧島先生を見るとすぐにこちらにきて接客をはじめた。
「霧島先生、こんばんは。お連れさんとは珍しいですね」
「ああ。今からブランシェで食事をするので、この子に一式お願いしたい」
「え、ちょ、先生⁉」
「何も心配しなくていい。せっかくのお祝いなんだ」
私は店員さんに押されるようにお店の中に連れていかれて、着替え、メイクまでさせられてしまった。
押しの強い店員さんに言われるがままにされて、まるで着せ替え人形になったような気分だ。
そうして、私の目の前に全身鏡が置かれた。
「――宮原さま、大変お美しゅうございます」
先生のシャツと同じような、洗練されたデザインの黒いワンピース。歩くたびに銀のスパンコールが煌めいている。足元はワンピースによく似合う、真珠色に輝くハイヒール。ヘアセットは緩く巻かれて豪華。リップは鮮やかなほどのピンク。まるで私じゃないみたい。鏡に映るその人を見て、私はドキリとする。
「それでは、お楽しみくださいませ」
着ていたものはすべて紙袋に入れてくれていた。私はそれを受け取る。
「あの、お会計は……」
「霧島先生からいただいております」
丁寧なお辞儀で送りだされ、私は先生が待っていたカウンターへと向かう。私に気づいた先生は、にこりと笑った。
「うん、とても綺麗だ」
「霧島先生、その、お金を立て替えてくれたみたいで……!」
私がご馳走するつもりでいたのに、なにやら状況がおかしい。混乱している私をなだめるように先生は話す。
「今日は金なんてなにも気にしなくていい。普段の礼のつもりで受けとってくれ」
「そんな、私お礼をいただくことなんてなにも……!」
「男の俺に恥をかかせないでくれ」
「でもっ」
詰め寄ろうとすると、履き慣れていないヒールのためか足がもつれる。先生はサッと私を受け止めて、自分の腕を差し出した。
「大丈夫か? 当日だったけど運よくブランシェの予約はとれたよ。席までエスコートしよう」
まるで夢のようなひとときに、本当にこれが現実なのかと疑ってしまう。
「ほら」
ここまで言ってもらえてるんだ。私は覚悟を決める。言われるがままに霧島先生の腕に自分の手を絡めた。シャツ越しに伝わる先生の体温を感じながら。エレベーターで最上階にあがっていく。それに合わせて、私の体は中心から熱くなっていくようだった。
ブランシェの内装はテレビで見るよりもずっと素敵だった。まるでどこかの国のお城にでも来たみたい。
温かな光を灯すシャンデリア、真っ白なテーブルクロス、赤くて高級感のあるベロアの椅子。そのすべてが光り輝いていた。先生がテキパキと、私の希望通りに注文をしてくれる。頼もしい男性とはこういう人のことを言うのだろうか。料理が運ばれてくるのを待っている間、なぜか先生は嬉しそうにしている。
「先生、なにからなにまですみません。私がご馳走するつもりだったのに」
「君にはいつも助けられているからね」
「さっきもお礼と仰られてましたが、私なにもしてないと思うのですが……」
「宮原さんは自分が思う以上に、色々な人を助けているよ。俺も、難しい手術の前でも君と話していると不思議と緊張がほどけて、自信が出てくるんだ」
会話の最中にノンアルコールのシャンパンが運ばれてくる。先生は運転があるし、私も同じものにした。
シャンパングラスに注がれたい美しい液体。先生が「乾杯」というのでグラスを合わせる。チン、という小気味のいい音が鳴った。一口飲むと、甘くて酸味のある泡が舌のうえで弾けていく。
「霧島先生でも、手術で緊張するんですね」
「当たり前だ。だけど、それを患者に悟られるわけにはいかない。俺以上に、患者やその家族はもっと緊張するだろうから。決して気は抜けない。だけど緊張しすぎてもミスが生まれる。だけど今は君が病棟にいてくれることで、安心出来ている自分がいるんだ」
「そんな、私なんかより頼りになるスタッフさんはたくさんいます」
「もちろん、ほかのスタッフも信頼しているし、君よりも知識や技術があるスタッフはいる。だけど、宮原さんは特別だ。ほかのナースやナースエイドと違って、医者や患者に特別に媚びたりしない。本当に患者のことを考えて動いている。そのような人材は、きっと新星病院でも数えるほどしかいないだろう」
「霧島先生……」
感動して、言葉に詰まる。溢れそうになった涙をどうにか堪えた。
必死に働いたこの一ヶ月を認めてもらえたようで、胸が熱くなっていた。
「これからも、よろしく頼むよ」
「……はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
私たちはもう一度乾杯をした。その後はとてもおいしいフランス料理と一緒に、たわいもない会話を楽しんだ。初めて会ったときに霧島先生が連れていたペチュニアは先生が飼っているのではなく、新星病院の理事の飼い犬だとか。先生も私のつくし取りのことを質問してくれたので、おいしく食べられる雑草やその効能について教えると興味深そうに話を聞いてくれた。「いつか食べたい」と言ってくれたけれど、あれは本心なのだろうか。高級フランス料理を目の前にして、雑草が食べたいと言うのは正気の沙汰とは思えない。
私は図書館に行くのが好きで、雑草やその調理方法については図書館で勉強している。最近は、介護や看護の本を読むようになったと話すと、とても感心してくれた。プライベートの霧島先生はとても聞き上手で、いくらでも話をしてしまう。お酒を飲んでいないのに、心地よい高揚感が体を満たしていく。
***
家に帰って丁寧にワンピースを脱ぐ。なんだか緊張と一緒に甘い余韻が抜けていくようだった。今日は完璧に見える霧島先生でも緊張することがわかったりして、なんだかとても先生を身近に感じた。それと同時に、以前よりも、もっともっと素敵な人に見えた。私とは別世界の人。憧れなんか抱いてはいけない。そう頭ではわかっているのに。その夜は霧島先生の笑顔を何度も思い出してしまって、なかなか寝付けなかった。