ド貧乏ナースエイドは難攻不落の外科医から信頼を得る~つくし集めてたら人生大逆転しました~
雨のような一日
仕事にもだいぶ慣れてきて、季節はもう七月になっていた。
今日の天気は朝からどしゃ降り。県外では大雨警報が出ているとこもあるとか。梅雨のじめじめとした雰囲気はどうも苦手で、気分が落ち込んでしまいそう。雨の日は、廊下が滑りやすくなっている。歩行練習をされている患者さんが多い病棟なので、私はこまめにモップで廊下を拭くようにしていた。
「本当に気が利くわね、ありがとう」
モップの水を絞っている私に、奥野さんが声をかけてくれる。
「いえいえ、患者さんが転んだら大変なので」
「感心するわ。宮原さんはその細やかな気遣いができるから患者さんに人気なのよ。……そして、それが霧島先生を射止めたんじゃないかしら」
奥野さんはニヤニヤしながら私の腕をちょんちょんと突いた。
「な、なに言ってるんですか。霧島先生が私なんかに――」
「はいはい、否定しないで。噂になってるわよ。難攻不落の霧島先生を落とした子がいるって」
「ええ……なんでそんな噂が」
「そりゃそうよ。呼吸器科のナイスバディナースの島岡さん、癒し系と名高い小児科の曽根崎さん、新星病院内で八股をしていて通称ヤマタノオロチと呼ばれていた作業療法士の黒崎さん、付き合ったドクターは二十人を超えている奇跡の事務職、田辺・フランチェスカ・マリコさん――新星病院のアイドルたち全員が霧島先生にはフラれてるんだから」
奥野さんの事情通には驚かされるばかりだ。
食堂で一緒にご飯を食べたり、病院の中庭で世間話をすることはたしかにある。だけど仕事の話がほとんどだし……。いや、食事はたしかに、一度連れていってもらったけれど! あの夜のことを思い出すと、顔が熱くなってくる。奥野さんはなぜか得意そうに話し始めた。
「噂なんて当たり前よ。霧島先生、食堂で誰かと一緒に座るなんてしなかったもの。ナースが声かけて同席したとしても、お喋りをするタイプでもないからね。あなただけよ、あんなに先生が楽しそうに話している相手は」
「あ、あんなにって皆さん盗み聞きでもしてるんですか⁉」
「中庭でお茶してたら誰だって見るっての! 507号室の鈴木のおじいちゃんなんて結婚式に呼べって言ってたわよ。あなたたち、まだ付き合ってないのよね?」
「付き合っていません!」
霧島先生とお話するのは正直楽しい。看護・介護の話をしてくれるのもすごく勉強になる。先生は一流の整形外科医なだけあって、介護技術についても詳しかった。なので、お昼休憩のときに会えるのが仕事の活力にもなっていたんだけど……。
「――と、いけない。私、これから入浴介助があるので行ってきます!」
「あら、引き止めてごめんなさい。また詳しく話聞かせてよね」
ニヤニヤとしている奥野さんにどうにか苦笑いを返し、私は着替えるために更衣室へ急いだ。
今日は看護師の重本さんと引田さんと一緒に、寝たきり状態の方の入浴介助だ。
重本さんは相変わらず私に当たりが強い。引田さんは准看護師で、重本さんのヨイショ役のような人だった。つくしを取っていたときに重本さんと一緒に嫌味を言ってきた人でもある。私は入浴介助用のポロシャツに着替え始める。キリキリとした胃の痛みを感じながら。
今日の天気は朝からどしゃ降り。県外では大雨警報が出ているとこもあるとか。梅雨のじめじめとした雰囲気はどうも苦手で、気分が落ち込んでしまいそう。雨の日は、廊下が滑りやすくなっている。歩行練習をされている患者さんが多い病棟なので、私はこまめにモップで廊下を拭くようにしていた。
「本当に気が利くわね、ありがとう」
モップの水を絞っている私に、奥野さんが声をかけてくれる。
「いえいえ、患者さんが転んだら大変なので」
「感心するわ。宮原さんはその細やかな気遣いができるから患者さんに人気なのよ。……そして、それが霧島先生を射止めたんじゃないかしら」
奥野さんはニヤニヤしながら私の腕をちょんちょんと突いた。
「な、なに言ってるんですか。霧島先生が私なんかに――」
「はいはい、否定しないで。噂になってるわよ。難攻不落の霧島先生を落とした子がいるって」
「ええ……なんでそんな噂が」
「そりゃそうよ。呼吸器科のナイスバディナースの島岡さん、癒し系と名高い小児科の曽根崎さん、新星病院内で八股をしていて通称ヤマタノオロチと呼ばれていた作業療法士の黒崎さん、付き合ったドクターは二十人を超えている奇跡の事務職、田辺・フランチェスカ・マリコさん――新星病院のアイドルたち全員が霧島先生にはフラれてるんだから」
奥野さんの事情通には驚かされるばかりだ。
食堂で一緒にご飯を食べたり、病院の中庭で世間話をすることはたしかにある。だけど仕事の話がほとんどだし……。いや、食事はたしかに、一度連れていってもらったけれど! あの夜のことを思い出すと、顔が熱くなってくる。奥野さんはなぜか得意そうに話し始めた。
「噂なんて当たり前よ。霧島先生、食堂で誰かと一緒に座るなんてしなかったもの。ナースが声かけて同席したとしても、お喋りをするタイプでもないからね。あなただけよ、あんなに先生が楽しそうに話している相手は」
「あ、あんなにって皆さん盗み聞きでもしてるんですか⁉」
「中庭でお茶してたら誰だって見るっての! 507号室の鈴木のおじいちゃんなんて結婚式に呼べって言ってたわよ。あなたたち、まだ付き合ってないのよね?」
「付き合っていません!」
霧島先生とお話するのは正直楽しい。看護・介護の話をしてくれるのもすごく勉強になる。先生は一流の整形外科医なだけあって、介護技術についても詳しかった。なので、お昼休憩のときに会えるのが仕事の活力にもなっていたんだけど……。
「――と、いけない。私、これから入浴介助があるので行ってきます!」
「あら、引き止めてごめんなさい。また詳しく話聞かせてよね」
ニヤニヤとしている奥野さんにどうにか苦笑いを返し、私は着替えるために更衣室へ急いだ。
今日は看護師の重本さんと引田さんと一緒に、寝たきり状態の方の入浴介助だ。
重本さんは相変わらず私に当たりが強い。引田さんは准看護師で、重本さんのヨイショ役のような人だった。つくしを取っていたときに重本さんと一緒に嫌味を言ってきた人でもある。私は入浴介助用のポロシャツに着替え始める。キリキリとした胃の痛みを感じながら。