異母妹にウェディングドレスを汚されましたが、本当に大切なものには触ることも許しません。
『パパ、やっぱり破談でお願いします』

 あれからも優月は父親に破談をずっと訴えている。
 市太郎はとにかくもう一度、隆司と会うように言ってくる。
 隆司は、次の休日に、屋敷にやってきた。
 その日は朝から市太郎も家におり、優月にも応接間に出向くように言ってきた。

「優月、出てきなさい。隆司くんが謝りたいと言ってるんだ。大の男に恥をかかせるんじゃない」

(小娘には恥をかかせても良いって言うの、私は大恥をかかされたのよ?)

 謝りたいと言っているのならば、優月が破談にしたい旨は伝わっているのだろう。

「もう顔を見るのもいやなの」
「パパがついていてあげるから」
「パパは私の味方よね?」
「当たり前だ」

 優月は応接間に出向くことにした。
 
 ソファに座っていた隆司は、優月を見ると笑いかけてきた。
 イケメンの爽やかな笑みだ。
 以前なら好ましいと思えた笑顔も、今は寒々しく感じる。

「優月ちゃん、俺、優月ちゃんを傷つけるつもりはなかったんだ。本当にごめんよ。地味と言った覚えはないけど、もし言ったなら、優月ちゃんを控えめで上品だと思っているのが、そう口から出てしまったんだと思う」

 隆司は誠実そうな声で言ってきた。すでに市太郎に詳細を聞いているらしかった。
 しかし、優月の気持ちが理解できない市太郎から聞いても、優月の真意は伝わっていないだろう。
 それに、控えめや上品を地味と混同するには無理がある。

「優月ちゃんは俺にはもったいないほどの美人だと思ってるんだよ。麗奈ちゃんは俺にとっては可愛いけど、それは優月ちゃんの妹だからだ」

 何故か同席してソファに座っている麗奈の顔色が変わるのが、そちらを見ないでもわかった。優月は胸がすく思いがする。
 しかし、隆司への信頼はもう回復できなかった。
 
「優月ちゃん、俺を許して欲しい」

 ご自慢の笑顔を優月に向けてくるも、優月の心は微塵も動かない。

「何を許せばいいの?」
「優月ちゃんをけなして、麗奈ちゃんを褒めたことだ。もう二度としない」

 麗奈から小気味の良さそうな笑いが聞こえた。
 優月が麗奈に嫉妬したことが根っこにあると、麗奈は思ったようだ。優月に嫉妬させるのは、長らくの麗奈のたくらみの一つであるので、それがうまくいったと思ったのだろう。
 胸のすく思いが帳消しになる。

「そんなのはどうでもいいの。私は麗奈の嫌がらせに隆司さんが乗っかったことに失望してるのよ」
「嫌がらせ?」

 隆司が戸惑った声を上げる。
 そこで美智子が割り込んできた。

「優月ったら、また、麗奈を悪者にするのね。妹がやったことを、そんなふうにひがんで受け取るなんて、情けない子ね。悪気なくやったことなのに」

(悪気はあったし、悪気がなければ何やってもいいわけではないでしょうに)

 しかし、美智子も麗奈もその論理を通用させ続けてきたのだ。「悪気なく」「うっかり」やってしまったのだから、悪いのはそれを許せない優月の方だと。
 隆司と結婚しても、ドレスの一件のような屈辱的なことは起き続けるに違いない。隆司はこの二人から優月を守ってくれるような人ではないのだから。
 
(結婚前にわかっただけマシだわ)

「隆司さんは、母と麗奈と縁を切ってくれますか」
「えっ」
「私はこの二人と縁を切りたいの」

 その言葉に、隆司は息を飲むような顔をした。
 市太郎も同じ顔をし、美智子はわずかに苛立ちを浮かべ、麗奈は愉快そうな顔をした。

「それができないなら、結婚できません」

 もちろん、優月は隆司を信用していない。美智子と麗奈と縁を切ると約束をしても、平気で反故にされそうだ。
 もう一つ条件を突き出す。

「私、隆司さんが生理的にダメになったの。結婚しても、手も握れないわ。それでいいなら、結婚してもいいわ」

 応接間は静まり返る。
 これで破談になるだろう。優月はそう考えていた。
 ここまで言われてはさすがに隆司も結婚する気が失せるだろう。
 しかし、意に反して隆司には何のダメージも与えなかったようだった。

「いいよ。優月ちゃん、その条件を飲む。俺は、優月ちゃんと結婚したい」

 その返事に、今度は優月が息を飲む番だった。隆司は笑みを浮かべて言ってきた。

「じゃあ、今夜、デートに誘っても良いね? レストランの予約をしてあるんだ。夕方迎えに来るよ」
 
 隆司は、ディナーの約束を一方的に押し付けて、帰って行った。
 麗奈が言ってくる。

「隆司さんって、そんなに優月に入れ込んでるようには見えなかったのに、何か裏でもあるのかしらぁ」

 そして、わざとらしく聞かせる。

「いっけなーい、麗奈、午後からパーティーがあるんだわぁ。どのドレスを着ようかしらぁ。彼ったら、私をみんなに見せびらかしたいらしいのぉ。うふふ、彼ったら、麗奈に一目ぼれみたいで、出会ったときから『特別な縁』だって、言ってきたのよぉ。今日あたり、プロポーズかもぉ」

 麗奈のあてつけるような声に、優月はざらりと胸を引っ掻かれながら応接間を出た。
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