異母妹にウェディングドレスを汚されましたが、本当に大切なものには触ることも許しません。
「パパ、隆司さんとの結婚をやめたいの」
市太郎が部屋に来るなりそう告げると、市太郎は唖然とした。
「ええっ?」
「というか、やめると決めたから」
「どうして……。ど、どうしてそういうことになるんだ!」
市太郎はいきなりのことに驚いたのか、声を荒げた。優月の我が儘が始まったとでも思っているのかもしれないが、事情を話せばわかってくれるはずだ。
「たかがドレスで、どうしてそこまでことが大きくなるんだ!」
「たかがドレスじゃないわ。ウェディングドレスよ。それに、隆司さんが私には信用できなくなったの」
「隆司くんは弁護士だぞ。信用できないのは、お前の見る目がないだけだ!」
隆司は市太郎の会社の顧問をやっている。
(やっぱり生理的に無理になったとでも伝えたほうが良かったかしら)
優月が思案していると、市太郎は気を取り直したのか、穏やかな声で言ってきた。
「優月、パパは、お前よりは見る目があるつもりだ。隆司くんは信用できる男だ」
「そうかしら」
「そもそも、ドレスのことで怒っているなら、隆司くんに怒りを向けるのはお門違いだろう」
「そうじゃないの」
「麗奈に着られたのがそんなにいやだったなら、新しいドレスを作ればいい」
「違うの。ドレスよりも、馬鹿にされたのが嫌だったの。あの場にいなかったパパにはわからないかもしれないけど、みんな、ドレスが私よりも麗奈のほうが似合うと褒めて、隆司さんも同じく褒めて、それから私をじ……」
地味と言った、と告げようとして途中でやめた。まだ屈辱が生々しい。
「とにかく、隆司さんは私をけなし、麗奈を可愛いと言ったの」
しばらく優月を見つめて黙り込んでいた市太郎はいたわるような声を出してきた。
「そんなことがあったのか。それはつらい思いをしたな」
「つらいというより悔しくて惨めだったわ」
「それはそうだろう」
(パパはやっぱり私の味方だわ)
不意に優月は泣きそうになった。市太郎は美智子のように優月を責めることはない。ちゃんと気持ちに寄り添ってくれる。
「隆司くんは優月をどんな風にけなしたんだ?」
市太郎は真剣な顔で訊いてきた。可愛い娘をけなされたと知って、少々腹を立てている顔つきだ。
「えっと……、地味って言ったの」
「他には」
「それだけよ」
市太郎は虚を突かれたような顔になり、しばらく目を白黒させていたものの、次に笑い出した。
「あっはっは! 地味なあ! 優月は大人しいからなあ!」
「私のことは地味って言って、麗奈のことは可愛い、って言ったのよ?」
「そりゃ、可愛いとは言いやすいけど、綺麗だの美人だのは、照れくさくて言いにくいさ。特に若い時分にはな。パパもそうだった。でも今は存分に言わせてもらうよ。パパの優月は美人さんだ。世界一の美人さんだよ」
「ちょっと、パパ、茶化さないで!」
「これは、完全に隆司くんが悪い。そりゃ、優月も拗ねたくもなるだろう。パパからも隆司くんに言っておくよ。優月だけを見てくれるようにって。そして、もっと褒めろって」
「違う! そうじゃない。私、拗ねてるんじゃないの」
「嫉妬は可愛いけど、行き過ぎるとだめだぞ」
優月は目を見開いた。
(ああ、パパは何もわかってないわ。嫉妬なんかで片づけるんだわ)
「私は隆司さんに嫌気がさしてるの! 麗奈と使用人の前で私を馬鹿にしたのよ? 私の立場はなくなるわ。そんな人を夫に持ちたくはないわ!」
まくしたてる優月に、市太郎は、宥めるような顔を向けた。
「良縁を断つのは馬鹿なこととしか思えないな」
「良縁かしら」
「あとで、後悔するのは優月だ。パパは後悔する優月を見たくはない。隆司くんなら優月を幸せにしてくれるはずだ」
「そうかしら」
「とにかく、少し頭を冷やしなさい」
「でも、パパ」
「優月の幸せを誰よりも願っているパパの頼みだ。もう一度よく考えてみてほしい」
「でも」
市太郎は口を開こうとした優月の唇に人差し指を当てて優月を黙らせた。そうされると、この話は終わり、というのが幼いころからのルールだ。
優月が言うのをやめると、市太郎は満足げにほほ笑んで、ぽんぽんと優月の頭を撫でて部屋を出て行った。
(パパには理解できないんだわ。私があの場でどれだけ惨めだったか。隆司さんにどれだけ嫌気がさしたか。あんな人と一緒になっても幸せになれるとは思えないわ)
市太郎が部屋に来るなりそう告げると、市太郎は唖然とした。
「ええっ?」
「というか、やめると決めたから」
「どうして……。ど、どうしてそういうことになるんだ!」
市太郎はいきなりのことに驚いたのか、声を荒げた。優月の我が儘が始まったとでも思っているのかもしれないが、事情を話せばわかってくれるはずだ。
「たかがドレスで、どうしてそこまでことが大きくなるんだ!」
「たかがドレスじゃないわ。ウェディングドレスよ。それに、隆司さんが私には信用できなくなったの」
「隆司くんは弁護士だぞ。信用できないのは、お前の見る目がないだけだ!」
隆司は市太郎の会社の顧問をやっている。
(やっぱり生理的に無理になったとでも伝えたほうが良かったかしら)
優月が思案していると、市太郎は気を取り直したのか、穏やかな声で言ってきた。
「優月、パパは、お前よりは見る目があるつもりだ。隆司くんは信用できる男だ」
「そうかしら」
「そもそも、ドレスのことで怒っているなら、隆司くんに怒りを向けるのはお門違いだろう」
「そうじゃないの」
「麗奈に着られたのがそんなにいやだったなら、新しいドレスを作ればいい」
「違うの。ドレスよりも、馬鹿にされたのが嫌だったの。あの場にいなかったパパにはわからないかもしれないけど、みんな、ドレスが私よりも麗奈のほうが似合うと褒めて、隆司さんも同じく褒めて、それから私をじ……」
地味と言った、と告げようとして途中でやめた。まだ屈辱が生々しい。
「とにかく、隆司さんは私をけなし、麗奈を可愛いと言ったの」
しばらく優月を見つめて黙り込んでいた市太郎はいたわるような声を出してきた。
「そんなことがあったのか。それはつらい思いをしたな」
「つらいというより悔しくて惨めだったわ」
「それはそうだろう」
(パパはやっぱり私の味方だわ)
不意に優月は泣きそうになった。市太郎は美智子のように優月を責めることはない。ちゃんと気持ちに寄り添ってくれる。
「隆司くんは優月をどんな風にけなしたんだ?」
市太郎は真剣な顔で訊いてきた。可愛い娘をけなされたと知って、少々腹を立てている顔つきだ。
「えっと……、地味って言ったの」
「他には」
「それだけよ」
市太郎は虚を突かれたような顔になり、しばらく目を白黒させていたものの、次に笑い出した。
「あっはっは! 地味なあ! 優月は大人しいからなあ!」
「私のことは地味って言って、麗奈のことは可愛い、って言ったのよ?」
「そりゃ、可愛いとは言いやすいけど、綺麗だの美人だのは、照れくさくて言いにくいさ。特に若い時分にはな。パパもそうだった。でも今は存分に言わせてもらうよ。パパの優月は美人さんだ。世界一の美人さんだよ」
「ちょっと、パパ、茶化さないで!」
「これは、完全に隆司くんが悪い。そりゃ、優月も拗ねたくもなるだろう。パパからも隆司くんに言っておくよ。優月だけを見てくれるようにって。そして、もっと褒めろって」
「違う! そうじゃない。私、拗ねてるんじゃないの」
「嫉妬は可愛いけど、行き過ぎるとだめだぞ」
優月は目を見開いた。
(ああ、パパは何もわかってないわ。嫉妬なんかで片づけるんだわ)
「私は隆司さんに嫌気がさしてるの! 麗奈と使用人の前で私を馬鹿にしたのよ? 私の立場はなくなるわ。そんな人を夫に持ちたくはないわ!」
まくしたてる優月に、市太郎は、宥めるような顔を向けた。
「良縁を断つのは馬鹿なこととしか思えないな」
「良縁かしら」
「あとで、後悔するのは優月だ。パパは後悔する優月を見たくはない。隆司くんなら優月を幸せにしてくれるはずだ」
「そうかしら」
「とにかく、少し頭を冷やしなさい」
「でも、パパ」
「優月の幸せを誰よりも願っているパパの頼みだ。もう一度よく考えてみてほしい」
「でも」
市太郎は口を開こうとした優月の唇に人差し指を当てて優月を黙らせた。そうされると、この話は終わり、というのが幼いころからのルールだ。
優月が言うのをやめると、市太郎は満足げにほほ笑んで、ぽんぽんと優月の頭を撫でて部屋を出て行った。
(パパには理解できないんだわ。私があの場でどれだけ惨めだったか。隆司さんにどれだけ嫌気がさしたか。あんな人と一緒になっても幸せになれるとは思えないわ)