小林、藝大行くってよ
 ……しかし作戦の前に、勉強や。既に前期の授業は始まっとる。せやけど正式な履修登録はこれからで、今はお試し期間っちゅーやつや。必修科目は別として、選択科目を何にするか。興味のある授業を受けながら考えて、自分でスケジュールを作っていく。

 大学生活って、ほんまに自分次第なんやな。入学式当日に課題を出されたんは驚いたけど、いつやれなんて言われとるわけやないし。期限までにやれっちゅーだけや。
 限られた時間の中でどう行動して何を学ぶか。それが問われとるんやな。与えられた勉強だけしてきた高校までとは、まるで違う。せやからボーっとしとったらあかんねん。

 努力を忘れた天才は、努力を知る凡人に劣る。小林一佐の名言やで。覚えときや。

「よっしゃ!今日も描くで描くで!描くでぇー!」

 昼食をとった後、英語の授業に出るヒデandヨネと別れて実習室へと向かった。今日こそ百合ちゃんの心を開いたるねん!

 と、思ったが。実習室の扉を開いたおれは、思わずフリーズしてもうた。
 部屋にいたのは、浅尾っちひとりだけ。せやけどその集中力っちゅーかオーラっちゅーか、とにかくとてつもない空気が、おれの体をビリビリと突き刺してきた。

 こないに小さな絵を描くだけでも、ここまでのエネルギーを出せるんか。圧倒的や。まさに生まれながらの画家っちゅー感じや。

 入り口で立ち尽くしとると、筆を置いてひと息ついた浅尾っちがこっちを見た。

「……入んねぇの?」
「お、おう!入るわ!なんや邪魔したら悪い思てな!でもおれも描かなあかんしな!邪魔するでッ!」
「声でけぇんだよ」

 なんやろ。初対面の時に比べて、おれに対する浅尾っちの物言いが少し柔らかくなったような。気のせいか?
 まぁええわ。とりあえず席について、百合ちゃんと語り合う準備をせな。
 
「……小林のオオミズナギドリの絵」
「フォッ!?」
「なんだよ」
「い、いや!浅尾っちが話しかけてくれたのに感激してもうてッ!」

 振り返るわけないと思てた浅尾っちが急に振り返ったさかい、変な声が出てもうた。しかも今、名前呼んでくれたよな!?

「……オオミズナギドリの絵」
「おおおう、自己紹介の時のか!?」
「そう」
「それがどないした!?」
「水面部分、ラップ使ったのか?」

 おお……さすがは浅尾っちや。よく見とるわ。スクリーンに映した画像を、そこまで細かく観察するなんてな。
 
「せやせや!方解末と水晶末を混ぜて塗ったとこにラップで皺作ったんや!なかなかええ感じやったやろ!?」
「そうだな。独特のマチエールになっていたし、ああいう偶然性は嫌いじゃねぇな」

 やっぱ浅尾っちは、絵に対してめちゃくちゃ真面目やし勉強熱心なんやな。相手が誰だろうと上から見下ろすことはない。どんな人間からも学ぼうとする姿勢を持っとる。一見プライドが高そうやけど、んなこたぁない。謙虚に努力しつづける天才っちゅーこっちゃ。
 あかん。ますます好きになってまうッ!ドキのムネムネが止まらんやんッ!
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