小林、藝大行くってよ
天才小林、上野の地へ舞い降りる
 東京都台東区上野にある、東都藝術大学。通称・藝大。音楽学部と美術学部があり、その名の通り芸術を極めんとする天才たちが日本中から集まっている。

 卒業生には有名画家やミュージシャンの名前がずらりと並び、日本一の美術大学として誉れ高いこの学校に、おれは来た。ついに来たのだ。

 この小林一佐が。ISSA KOBAYASHIがッ! いよいよ! 藝大デビューを果たすのだッ! 世は正に! 大KOBAYASHI時代ッ!

「あーそこの子」

 そう、おれはなんと! 現役合格率わずか30%足らずと言われているこの名門大学に一発合格を果たし、天才の名を欲しいままにしている男なのであるッ!

「君、君だよ君」

 おれは生まれてすぐ立ち上がり、四方に7歩歩いて右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と話した……という夢を、身篭っていた時に母親が見たそうだ。

 つまりそれは啓示。この世に神の子を産み落とすという、お告げだったのである。

 こうして生を受けたおれは、神童として周囲から常に畏怖される存在であった。勉学から運動まで、1教われば100出来てしまう。あまりにも優秀すぎたのだ。

「おーい、グリーンの服の赤坊主の子だよー」

 ん? どうやら、このハイセンスな赤髪とモスグリーンのスーツが注目を浴びているようだ。それも仕方あるまい。なにせこれは、かの有名ブランドなんちゃらかんちゃらのスーツで……

「こら。それは中学の制服だろう?ここは大学。中学生が来る場所じゃないよ」
「ファッ!?」

 突然警備員に首根っこを掴まれ、つまみ出されそうになる。

「迷惑になるから、あっちへ行きなさい。まったく、こんな髪の毛して最近の中学生は……」
「ちょ、ちょお待ってぇな! おれは大学生やッ! 今日! いま、この日からッ!」
「はいはい、邪魔になるからあっちへ行きなさい」
 
 まったく聞く耳を持たない。やはり東京の人間は冷たいようだ。いや。もしかするとこの警備員は、おれの才能を妬む一味からの刺客なのかもしれないな。

 ふう、やれやれだ。手荒い真似はしたくないが、ここはひとつ姉仕込みのブラジリアン柔術で……

「あ、あの……警備員さん」

 おれが投げの構えを取ろうとすると、スーツを着た男が警備員に話しかけてきた。

「その人、新入生ですよ」

 そいつの言葉に、警備員の手が緩む。その隙におれは拘束から抜け出して、バッグの中から慌てて学生証を取り出した。
 
「そそそそそそや! ほほほら! これがおれの学生証や!」
「あぁ、そうなの。講堂はあっちだから、早くいきなさい」
 
 警備員は、しっしと犬を追い払うように手を振った。まず謝罪するのが筋だと思うが、おれは大人だ。ここは引くとしよう。
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