小林、藝大行くってよ
 静電気。static electricity。帯電した電気が放出されることでショックを感じる現象。今のような季節に起こりやすい。何故なら空気が……。

「乾燥してる」

 ボソッと呟いたのは、浅尾っちやった。おれらの視線が一気に集中したのに気がついて、顔を上げる。

「……なんだよ」
「あ……独り言か。てっきり一佐の話を聞いてたのかと」

 ヒデが苦笑しながら鼻の頭を搔いた。

「知らねぇよ小林の話なんか。今日は乾燥してるから絵の具の乾きがはえぇなって思っただけ」
「そうそう。乾燥してるから、静電気が発生しやすいんだよね」
「は?静電気?」
「待て待て待てい! ヒデ! 静電気ってなんやねん!」

 慌ててヒデと浅尾っちの間に割って入る。静電気て! なんちゅーロマンのないことを! そんなんやからヒデには彼女でけへんのや! ロマンを語ってこそ男やろ!

「つまりぃー静電気で運命がバチっと! ってことだよねぇー」

 つまりやないで、ヨネ。全然つまっとらんで。せやから静電気ちゃうわ!

「ちゃうねん! そないなサイエンスティックな話ちゃう! おれの恋物語はマロンティックやねん! ……ってそれを言うならロマンやろッ! どっちも甘いけどッ!」
「でも現実的に考えて、静電気以外で電流が走るなんて……」
「ヒデ! 現実的に考えたらあかん! ロマンや!」
「いったぁ!」

 思わずヒデの右手を掴もうとしたとき、パチっと音がしてヒデが声を上げた。

「ほら、静電気じゃないか。一佐の手、乾燥してるんだってば」
「そんなわけあるかい! めっちゃ潤っとるっちゅーねん! キュウリ並みの水分量やっちゅーねん! ほれ!」

 今度は浅尾っちの手に触れようとすると、それを察して素早く引っ込められる。
 
「そろそろ片付けねぇと牧助手に文句言われるぞ」

 浅尾っち、華麗にスルー! うぅん、いけずッ!

「あ、本当だ。ほら一佐、早く片付けて帰ろう」
「よぉし、下図は描いたぞぉー!続きは明日だねぇー」

 時計を見ると、もうすぐ17時。確かにぼちぼち退散せんと、マキちゃんの虫歯が爆発してしまうな。

 なんやかんや言いながら、ヒデとヨネの制作は進んどった。下図も描けてへんのはおれだけかいな。こっちはまだエスキースやっとるっちゅーねん。

 ちなみにエスキースっちゅーのは、簡単に言えばラフなイメージ画ってとこやな。ざっくり描いて、おおまかな構図や色の配置を練るんや。それから下図を描いて、より万全な状態で本画制作に入る。

 日本画はアクリル絵具より修正が難しいさかい、本画制作の前にしっかりイメージを固めておくことが重要やねん。

 スケッチ、エスキース、下図、本画制作っちゅーのが基本的な流れやけど、エスキースを飛ばして下図を描くヤツもおるし、下図なしでエスキースから本制作に入るヤツもおる。要は自分の思い描いたものができるなら、なんでもええっちゅーこっちゃ。
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