小林、藝大行くってよ
「いやッ! どないしよッ! 見つけてしもたッ!」

 まさかこないに早う出会えるとは! 心の準備ができとらんぞ!
 女神は友人2人と共に学食へ入ってきた。ああ! 美しいッ! 景色にエフェクトかかっとる! お供がかすんでしまうなぁ!

「話しかけてきたら?」
「アホゥ! いきなり話しかけてシャイな女神に逃げられたらどないすんねん! 恋は駆け引きやぞ、覚えとけヒデ!」

 いくら運命の出会いであっても、駆け引きは重要やで。まずは相手のことをよく知る。それから最適な作戦を練るんや。ここは恋の伝道師ISSAのテクニックを、初心なチェリーボゥイに教えてやろうではないか。

 女神たちは、ちょうど空いとった隣のテーブル席へと来た。やはりディスティニー!

「キャー! ドキドキよぉー!」
「しっ! ヨネ、これは偵察やで!大きな声出したらアカン!」
「一佐の声が一番大きいって……」

 おれらは女神の席に背を向け、耳をそばだてた。

「はぁーお腹空いたねー。リンは日替わりにしたの?」
「うん、塩サバだったから」

 この鈴を転がしたような声は女神の声や……! そうか、女神は“リン”っちゅー名前なんやな。ピッタリ! 美しいッ! キュンッ!

 そして塩サバ好きとは、なかなか渋いな。おれと気が合いそうや。夫婦は食の好みが合うかどうかも大事やしな。もちろん、家事は分担するで。今どき亭主関白なんてのは古い。家事育児は2人で協力してなんぼや。せやからリン、安心しい!
 
「ヒデ、今のメモっときや」
「え? メモ?」
「女神メモに好物を記録しておけっちゅーこっちゃ!」
「自分のスマホにメモすればいいじゃん……」
「やかましッ! おれは偵察に集中したいねん!」
「所長! メモしましたぁー!」

 ふっ、ヨネ助手は仕事が早いな。鈍感でぬぼーっとしとるヒデ助手とは出来がちゃうわ。てか所長ってなんやねん。

「そういやリンの憧れのピアニストのさ」

 おっと、会話に集中せな!

「動画見つけたよ、YouTubeで」
「マジ? 見せて見せて」

 憧れのピアニストとな……やはり女神はピアノ専攻か? さすがおれの洞察力やで! ちゅーか誰や誰や、憧れのピアニストて。クラシックの世界はよう知らんけど。

「ほら、これでしょ? エリサ・ラハティ」

 背中から、軽やかなピアノの音色が流れてくる。聞き覚えがある曲やな……ボロネーゼ?とかいう名前やったかいな。
 すると、ヒデが口元に手を当てて首を捻った。

「エリサ・ラハティ……?」
「なんやヒデ、知っとるんか?」
「多分、浅尾のお母さんだよ」
「えー! そのピアニストが浅尾きゅんのお母さん!?」

 声がデカいんじゃヨネー!
 慌てて後ろを振り返ると、案の定女神たちの視線はおれらに集中しとった。
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