小林、藝大行くってよ
天才の帰還
「小林、藝大行くってよ」
「ホンマか?」
「さっき、本人が報告にきとったで。うちの学校からの現役合格者は、初めてらしいな」
ふふふ。みんながおれの噂をしとる。担任の先生は泣いて喜んどったし、おれの偉業に学校中が大騒ぎや。卒業式はとっくに終わっとるさかい、同級生はあんまおらんけどな。
「そやけど、小林の絵はすごいもんなぁ。特に鳥の絵」
「そやな。色づかいも表現力も、ホンマ抜きん出とるしな」
そやろ、そやろ。そやし、日ごろから言うてるやないか。おれは天才やねん。
この我が学び舎は、未来永劫語り継がれていくだろう。稀代の天才を輩出した名門として、小林一佐の名とともに。
「一佐くん」
校門を出ようとしたところで、後ろから声をかけられる。
「う、海荷ちゃんッ……」
「合格……したんやってね。おめでとう」
そう言って感極まった表情で微笑むのは、おれのマイエンジェル大槻海荷ちゃん。……いや、元マイエンジェルや。
「おお、ありがとう! もう海荷ちゃんの耳にも入っとったんか」
「さっき職員室で、先生が教えてくれはったんよ。自分の手柄や思てんにゃろな」
久々に見る屈託のない笑顔に、おれの胸の奥でカナリヤがさえずった。
「実は私も、合格したんよ。大阪の大学」
「ホンマか! おめでとう!」
「私はギリで家から通えるねんけど、一佐くんは東京に行くんやろ。引っ越しとか、バタバタで大変やろうけど……体に気をつけてな」
気のせいやろか。海荷ちゃんの瞳が、いつも以上に潤んどるように見える。
「一佐くんなら、絶対に夢を実現できるよ。応援しとるさかい」
「あぁ、ありがとう。海荷ちゃんも、頑張ってな!」
「うん! ほな……元気でな!」
精一杯の笑顔を見せて、海荷ちゃんは走り去った。
ほんのちょっぴり春を感じる、せやけどまだ少し冷たい風が、頬を撫でる。嗚呼、サヨナラ、おれの甘酸っぱい青春……。
「……さん」
海荷ちゃんは、いつも笑っていた。そう、彼女の笑顔は、漆黒の闇を優しく照らす月のようであった。
「お……さん」
あの奥ゆかしく優しい表情は、いまでも心にしっかりと刻み込まれている。彼女との思い出が、金閣寺よりも美しく輝きながら、脳裏に浮かぶ……。
「お客さーん」
「なんッやねん、さっきからやかましいな!」
思わず声を上げると、目の前におったのは、紺色の制服と制帽に身を包んだオッサン。そのオッサンは、少々不機嫌そうな声で、おれに言った。
「京都、着きましたよ」
……そやった。ここは、高速バスの中やった。
ほかの乗客は見当たらん。おれは慌てて、口元のよだれを拭った。
「お、おお。すんまへん! このシートの寝心地がよかったさかい、思わず熟睡してしもたわ!」
「……お荷物、お忘れなく」
オッサン……いや、バスの運転手は不愛想に言った。すまんて謝ったやんけ……いけずぅ。
「ホンマか?」
「さっき、本人が報告にきとったで。うちの学校からの現役合格者は、初めてらしいな」
ふふふ。みんながおれの噂をしとる。担任の先生は泣いて喜んどったし、おれの偉業に学校中が大騒ぎや。卒業式はとっくに終わっとるさかい、同級生はあんまおらんけどな。
「そやけど、小林の絵はすごいもんなぁ。特に鳥の絵」
「そやな。色づかいも表現力も、ホンマ抜きん出とるしな」
そやろ、そやろ。そやし、日ごろから言うてるやないか。おれは天才やねん。
この我が学び舎は、未来永劫語り継がれていくだろう。稀代の天才を輩出した名門として、小林一佐の名とともに。
「一佐くん」
校門を出ようとしたところで、後ろから声をかけられる。
「う、海荷ちゃんッ……」
「合格……したんやってね。おめでとう」
そう言って感極まった表情で微笑むのは、おれのマイエンジェル大槻海荷ちゃん。……いや、元マイエンジェルや。
「おお、ありがとう! もう海荷ちゃんの耳にも入っとったんか」
「さっき職員室で、先生が教えてくれはったんよ。自分の手柄や思てんにゃろな」
久々に見る屈託のない笑顔に、おれの胸の奥でカナリヤがさえずった。
「実は私も、合格したんよ。大阪の大学」
「ホンマか! おめでとう!」
「私はギリで家から通えるねんけど、一佐くんは東京に行くんやろ。引っ越しとか、バタバタで大変やろうけど……体に気をつけてな」
気のせいやろか。海荷ちゃんの瞳が、いつも以上に潤んどるように見える。
「一佐くんなら、絶対に夢を実現できるよ。応援しとるさかい」
「あぁ、ありがとう。海荷ちゃんも、頑張ってな!」
「うん! ほな……元気でな!」
精一杯の笑顔を見せて、海荷ちゃんは走り去った。
ほんのちょっぴり春を感じる、せやけどまだ少し冷たい風が、頬を撫でる。嗚呼、サヨナラ、おれの甘酸っぱい青春……。
「……さん」
海荷ちゃんは、いつも笑っていた。そう、彼女の笑顔は、漆黒の闇を優しく照らす月のようであった。
「お……さん」
あの奥ゆかしく優しい表情は、いまでも心にしっかりと刻み込まれている。彼女との思い出が、金閣寺よりも美しく輝きながら、脳裏に浮かぶ……。
「お客さーん」
「なんッやねん、さっきからやかましいな!」
思わず声を上げると、目の前におったのは、紺色の制服と制帽に身を包んだオッサン。そのオッサンは、少々不機嫌そうな声で、おれに言った。
「京都、着きましたよ」
……そやった。ここは、高速バスの中やった。
ほかの乗客は見当たらん。おれは慌てて、口元のよだれを拭った。
「お、おお。すんまへん! このシートの寝心地がよかったさかい、思わず熟睡してしもたわ!」
「……お荷物、お忘れなく」
オッサン……いや、バスの運転手は不愛想に言った。すまんて謝ったやんけ……いけずぅ。