心の底から笑うから幸せ 〜この幸せをいつまでも〜

心の底から笑うから幸せ 〜この幸せをいつまでも〜

「えー、梅雨に入りますので、体調管理には気をつけてください」
先生がそう言うと、クラスメイトたちが不満の声をもらす。
私は今、高校2年生。
「雨ってヤだな〜晴れがいい」
「それなー、梅雨って時期が1番嫌い!」
「今も雨ふってね?」
放課後をむかえると、窓側の席の男の子が、大雨の雨粒が、窓をうちつけるのをながめていた。
「あのー…、大丈夫、ですか?」
私は思い切って声をかけてみた。
「もぅ、湖子(ここ)は優しすぎ。あんな変人なんかほっとけばいいのにー…」
友達の榴華(るか)が、口をとがらせながら、私の隣に立つ。
私の声に気がついたのか、その人は穏やかに微笑む。
「ありがとう、君は優しいね」
それだけ告げると、また視線を窓の外にうつす。
「何、キモ…」
榴華がつぶやく。
「初対面であれはないわ〜、何、『ありがとう、君は優しいね』?バッカじゃないの」
榴華はもともとこういう性格で、なんでもストレートに言っちゃうんだ。
でも、今の私にはそんなことないでしょ、と言うひまがない。
あの人が笑うときはあるのだろうか、なんて考えてしまう。
「アイツ何!私、未だにアイツの名前知らないわ。存在感うっす!薄すぎる!」
榴華、少し声が大きすぎたかな、と思ったら、
「僕の名前?島谷 凪佐(しまたに なぎさ)。主席番号は36番…凪佐って、女の子みたいな名前ってからかわれるんだけどね」
青い瞳がゆれた気がした。
話すのをこばんでいるのかのような。
「日本人とアメリカ人の息子なんだ。この目の色とか…」
「あのねぇ!私たち、あんたの自己紹介を聞きにきたわけじゃないんだけど。さようなら!」
榴華が不満そうに私の腕を引く。
ちょっと初対面の人にあの態度は…と思いながら島谷くんを振り返ると、まだ雨を見ていた。
「ったく、何よ、あの変人凪佐!あの変人と話したがる湖子もバカだからね⁉︎」
廊下を歩きながらぶつくさ文句を言っている榴華はスルーして、たしかに島谷くんは存在感が薄いな、と感じた。どうして今まで気がつかなかったんだろう。あんなに雨のことが好きなのかな。
次の日になっても、榴華は文句を言っていた。
わざと島谷くんの前で、
「障害があるなら、特別支援学校に行けばいいのにね〜」
それは言い過ぎじゃない?と止めようとしたとき、ホームルームが鳴ってしまった。
「…」
何も言えなかった自分がなさけない。
授業が始まってしまって、黒板を見る。
「それでは、体育祭の応援団を決めたいと思います。今年はペアダンスをします」
生徒会の人が話を進めていく。
ペアダンスか…青春!って感じ。
「立候補する人はいますか?」
「やりますっ!」
榴華が真っ先に手を挙げた。
そして、チラチラと見てくる。
これは、私もやれ、という合図なんだよね…。
おずおずと手を挙げると、黒板に女子・榴華、湖子と書かれた。
「あとは女子3人、男子5人ですが…」
決まらないということになったから、出席番号の札をシャッフルして、当たった人が応援団になるということになった。
「女子から発表します。11番、38番、21番。続いて男子。36番、45番、7番の方にお願いしたいと思います」
休み時間になると、榴華が私の机に来た。
「湖子…っ‼︎なんで私が立候補したかわかる?ペアダンスなんて、青春!恋愛!って感じじゃん!私、誰とペアになるんだろ?」
目をキラキラさせながら話す榴華を、ジーッと見つめる。
「なんで私もやれって目で訴えてきたのよ?」
そんな私にかまわず、
「そりゃあ、恋愛したことのない湖子さんはわからないでしょうけど。これは彼氏をつくるBIG chance!湖子にもきゅんきゅんを味わせてあげたいな〜という恋愛の先輩からの優しさです!」
「ビッグチャンスって…発音良すぎる」
「って、そこ⁉︎とにかく、ペアダンスをした相手とつきあえるってウワサもありますし?やるしかないでしょう‼︎‼︎‼︎」
榴華の恋愛魂に火がついた。
「あ、そういえば。あの、凪佐ってヤツ?応援団になっちゃったらしいよ。なりたくなかったのになっちゃった系が1番最っっっっっ低なんだよね!やる気ねぇのになるなよって感じ!」
榴華…?少々、口が悪いのでは?
とにかく榴華は、島谷くんのことが嫌いみたい。
「私、凪佐のことは嫌いじゃないから。大嫌いだからね!誤解しないでよ」
ご立腹の様子の榴華は島谷くんのことをにらみつけている。
「ってか、陰キャ過ぎるよね。雨が友達とか」
「榴華、それは言い過ぎ。本当にやめな?」
「ん〜〜〜、湖子が言うなら仕方ないか〜」
それよりこの間のドラマ見た?という話題にする。
「見たよー、みたいな陰キャが主人公のお話でしょ。ったく、ミステリアス過ぎるのよ。凪佐もドラマの主人公も」
まだ文句を言い続けている榴華を横目でにらみ、話題を探す。
そんなにも島谷くんのこと、言わなくてもいいのに。
普段はそういう人のことはかばえない…というか、口ではやめなよ、と言ってもあまりそう思っていないけど、今は榴華の言葉に胸がズキズキして、悲しくなる。
「そういえばさ、午後から雨降るんだって。ほんっっっと梅雨って最悪だよー。よろこぶのは凪佐だけでしょ」
「やめてよ‼︎‼︎‼︎」
私の金切り声が教室中に響き渡る。
島谷くんもゆっくりとふりかえった。
榴華は私の声にギョッとする。
「どうしたの、湖子?」
「あ、ごめん榴華…今日、変な夢を見たんだけど…そのシーンと一致しちゃって」
「だいじょーぶ?疲れてるのかもよ」
榴華はこういうときは心配してくれる。
心配してくれてるのに、とっさにウソをついてしまったのも申し訳ない。
だけど…さすがに島谷くんの悪口言い過ぎだよね。
そんなことを考えていると、あっという間に放課後になった。
「うっっっわ!最悪っ!雨降ってる〜!今日、部活あるからお先に〜」
「うん、また明日」
「湖子〜、ゆっくり休みなよ」
さりげなく言ってくれて、微笑みながらうなずく。
私は帰宅部なんだよね。
あ、またいる…島谷くん。
「ええっと、君は…」
「私、山下(やました)湖子」
「山下さん…あのとき、僕のために怒ってくれたんだよね?」
図星すぎて何も言えないでいると。
「ありがとう」
微笑を浮かべてお礼を言ってくれた。
「でもさ、それで山下さんと友達の関係にヒビがはいったら…」
そこで言葉をにごし、少し間を置いてから、また続けた。
「だから大丈夫。言われるのなんて、もう慣れてるし」
「でも…」
「本当に大丈夫」
揺らがない意志。だけど、瞳は揺らいでいるのは気のせいかな。
「うん…」
「今日も雨だね」
島谷くんが唐突に言った。
「そうだね。島谷くんは、雨が降るときにしかここにいないの?」
「それはどうかな」
島谷くんは私から視線を外した。そして、窓から雨を見やる。
「なによ、それ〜!そんくらいわかるでしょ〜、はぐらかさないでよね〜」
「ふっ…あはははは!はははははっ…あー、おもしろかった。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。いいね、山下さんといると楽しいよ。笑わせてくれるし」
「なにがそんなにおもしろかったの?」
無邪気に笑う彼に、質問してみる。だって、あの穏やかな笑みじゃなかったから。
「なにがって、自覚ないんだ?さっき言ってたとき、顔がっ…顔が…あはは、思い出し笑いしちゃう。ええっとね、控えめに言って…フグみたいだった」
「フグ⁉︎あの、海にいる?」
「そうだよ。あ、もう時間かも。じゃあね」
気がつくと、島谷くんの腕を引っ張っていた。
「山下さん?」
驚いたのか、いつもとは違う表情でこちらを向いた。
「山下さんって呼び方やめてほしい。湖子って呼んで」
真っ直ぐに見つめると、あの穏やかな微笑みで、
「わかったよ、湖子。じゃあ、僕のことも好きに呼んでよ」
「うーん…島谷くん…はもう呼んでるし…なぎくんはどうかな?」
「なんでもいいって言ったでしょ。それじゃあ」
行かないで、と言いたい。もっと君と話をしたい。
教室に取り残された私は、渋々家に帰った。
「おっはよー」
翌日、元気に榴華が私に挨拶をした。
「ん、おはよう」
「6月11日、湖子の誕生日だよね?今日は6月7日…そこで!誕生日パーティーをうちの家で開催いたします!ところで、湖子、予定ある?」
「ないよ、ありがとう!」
「呼びたい人っている?湖子の呼びたい人なら大歓迎だよ!」
呼びたい、人?
誰だろう…。
「まぁ、決まったら教えて〜。それより、今日は1日中晴れみたいだよ〜、ラッキー!」
「知ってるよ。だから今日、傘持ってきてないもん」
ふと、なぎくんの方を見ると、ギュッと眉を寄せて澄み切った空をにらんでいるように見えた。
はやく放課後にならないかな。
そうしてようやくむかえた放課後。
いつも通り、私となぎくんだけが残った。
「なぎくん」
「ん?」
「なぎくんって、晴れが嫌い?」
なぎくんが、え?という表情をしたから、あわててなんでもない、と言おうとしたら。
「んー、ビミョーだな。さっきは嫌な顔しちゃったけど…どっちでもある、かも」
「そっか。…ねぇ、なぎくん。こうやって毎日、話せないかな」
「湖子には友達がいるでしょ?僕にかまわず遊んできなよ。大丈夫だから」
なんだかしっくりこない。
だからこそ、言葉にできないかもしれないけど、言ってみることにした。
「なぎくん…私がそうしたいから言ってるんだよ。私はあなたと話したい。なぎくんと話したいの。だから、なぎくんさえ良ければ、私と話してくれない?」
「湖子…」
「もっと君と話して、なぎくんのことを知りたい。なぎくんが…悩んでいることもいつか、話してほしい」
ときどき、なぎくんは瞳を揺らすことがある。悲しみをかかえているような、寂しさを感じているかのような。
「ありがとう、湖子。もう僕なんかと話しても意味ないし…なんて思わないようにする。そう思ってもいいかな?」
「もちろんだよ!まったく〜、なぎくんは優しすぎだよ。そんなに周りに気をつかわなくてもいいと思うけどな〜」
そういうと、なぎくんはふふふってまた無邪気に笑った。
ポン、と頭に手を置かれて、ドキドキが加速していく。
…呼びたい人、決まった。
「約束してほしいんだけど、いいかな。俺の前から、いなくならないで…っ」
なぎくんの瞳からは、ツーッと涙がこぼれた。涙は、頬をつたって床に落ちる。
「うん」
意味はよくわからないけど、きっと辛さや悲しみをかかえているんだ。
私はそこらへんにあった机2つを持ってきて、その上に座った。
「なぎくん」
私は、なぎくんの右手を、ギュッと両手でにぎった。
「私、なぎくんのこと信じてる。だからさっきの約束、絶対にやぶらない。だから、私のことも信じてくれる?」
「うん…本当にごめん。男のくせに泣いて、女に守られてる。…だから言われちゃうんだなぁ…、きっと」
「男のくせに…?何それ、その変な考え。男だろうが女だろうが、泣いても良くない?逆に、ダメな理由がないと思うんだけどな。恥ずかしいとか?私は女だからわかんないけどさ。女は気が強いから、守られてるように見えるかもしれないけど…私は…私も守ってるかもしれない。大切な人が傷ついてるのに、そんなの見て見ぬふりなんかできない。ええっと…もし、なぎくんが傷ついているなら、私が絆創膏代わりになって傷を守ってあげるから安心して!」
なぎくんは涙を浮かべて何度もうなずいた。
「僕にもいたんだ…こういう人が…」
なぎくんはゆっくりと瞳を閉じる。
両目から、涙がこぼれ落ちる。
「幸せだなぁ…」
なぎくんは、私の肩に頭を乗せる。
「今だけでいいから、こうさせて…」
「いいよ」
しばらくして、なぎくんは眠りに落ちた。
「なぎくん?なぎくん?寝ちゃった…ねぇ、なぎくん。私、なぎくんのことが好きだよ」
スゥスゥと寝息をたてる横顔にそっと告げる。
空を見上げると、お天気雨になっていた。
「あ、雨…天気予報、晴れだったのにな」
独り言を言うと、目をこすりながら、
「う、ん…?あ、湖子?雨、降ってるんだね」
と微笑ましく空を見た。
「なぎくん、起きたんだね。帰ろっか…あっ!傘忘れちゃった…」
「僕の貸してあげるよ」
「え、なぎくん、傘2つ持ってるの?」
なぎくんは首をふる。
「相合傘…でよければ」
「…ありがとう」
ドキドキしてきた。相合傘、なんて初めて。
「どこに行けばいい?」
「うん…駅に行ってくれる?」
「わかった」
言おうかな…。
ギュッと拳を握りしめて、
「もしよければさ、6月11日、榴華の誕生パーティーに来てくれない、かな?」
「いいの?ありがとう。誕生日、6月11日って言った?僕、6月21日なんだ。10日ちがいだね」
微笑む彼に、私は見入ってしまう。
なぎくん…好きって気持ちを伝えられたら、どんなにいいんだろう。
きっと、なぎくんはレンアイなんてしたくないよね。悩み事とかもあるし。
…この気持ちが、消えてしまえばいいのに…。
「湖子?」
「あ、ごめん。そうだね」
「…湖子ってさ、気持ちを捨てようと考えたことってない?」
私は今考えていたことを言われて、キョトンとするしかなかった。
「え、なんで…?」
「湖子が僕に教えてくれたように、僕も、湖子に伝えたいから」
言葉の意味がわからなかった。
「ええと、どういう、こと…?」
「湖子は、『男の子だから』って泣いたのを笑わないでくれたよね。そのとき、自分の気持ちをおしころそうとしないで、ちゃんと伝えようと思った。気持ちを大切にしようと思ったんだ。教えてくれた湖子はどうなんだろうって。もし、気持ちを捨てようと考えてるなら、やめた方がいい」
なぎくんは、スッと目を細めた。
「うん…ありがとう」
私のこと、心配してくれてたんだよね。
「…実は…一昨年、梅雨に父さんが死んだんだ」
「え…」
突然の告白に、私は目を丸くするしかなかった。
「俺は、どうすることもできなかった。ただひたすら泣くだけだった。月日が流れて、また梅雨がやってきた。そして、雨を見ると父さんを思い出せるようになった。晴れの日は…父さんのことを思い出せない。だから、思い出せた方がいいのか、悪いのかわからなくなっちゃって。そして、気づいたら、陰キャだとか障害がある人だとか…そう言われるようになってさ。そう言われるのが怖くて、余計に自分の呼び方も変えちゃってさ。本当の自分は殻の中で息を潜めてて。…自分を見失っちゃったんだ。…だけど、湖子が俺を変えてくれた。ありがとう」
雨を見てる理由…どんな気持ちで自分にむけられる悪口を聞こえないふりができたんだろう。
ただ私の目の前にいる彼は…、なぎくんは…お父さんのことを想ってしかたがなかっただけなのに。どうしてそんなことを言われなきゃいけないんだろう。
「そんなの…そんなのっ…私が助けたなんて言わないよっ…」
なぎくんの方を見ると、穏やかに微笑んで、
「僕が…俺がそう思ったら、助けたって言うんじゃないのかな?」
なぎくんの親指が、私の目の下の水をぬぐう。
「俺のために泣いてくれて、ありがとう」
泣いてるんだ…、私。
なんだか情けない。人の前で泣くなんて、めったにないのに。
「俺も助けられたかな、湖子のこと」
「うん…」
私たちは雨に濡れているのも忘れて、傘をほったらかして、濡れて地面に座り込んだ。
そして…私は今、なぎくんの胸に顔をうずめている。
バカだなぁ、私。これじゃあ余計になぎくんを苦しませることになるのに。
「湖子…俺のこと、凪佐って呼んでくれない?」
「うん…なんで?」
「ヒミツ」
耳元で告げられる言葉が妙にあたたかい。
全然寒くはない。
「あ、ヤバ…」
眠気が襲ってきた。
凪佐に抱かれたまま、寝ちゃう…。
私はゆっくりと眠りについた。

「湖子!まったくもう、起きなさいよ!」
お母さんに起こされて、朝が来たんだ、とどうでもいいことが思い浮かぶ。
「家じゃないのよ!電車の中にいるんだから」
ようやく目を開けると、体が左右に揺れた。
そっか…私は電車に乗ってるんだ。
振動がすごかったな。
「え…お母さん、なんで私…」
「帰りが遅いから心配して、電話をかけたら、湖子が寝てるって言うから、大慌てで駅まで行ったの。男の子が…なぎさくん?がいい子でよかった。ねぇ、湖子。なぎさくんならいいよ」
「な…っ‼︎」
意地悪な顔で笑うお母さんを肘でつつく。
「冗談だよ〜、本気にしちゃって。んん?ってことは、もしかして…?」
気づいちゃった?
私がなぎさくんのことを、好きなのを。
「そっか〜、納得。湖子はなぎさくんのことが好きなんだね。お母さん、応援してるよ♪」
私は否定することができず、黙ったままうなずいた。
翌日、生徒会から声がかかった。
「応援団の人は、練習をしますので、体育館に集まってください」
「湖子、行こ〜」
私と腕をからめて、榴華がスキップで向かう。
凪佐と行けなくて、ちょっと残念。
そんなの榴華に失礼だよね。
「いいよ〜。それと、誕生会に呼びたい人、決まった。凪佐を呼びたい」
「…最近さ、湖子変わったよね」
「え?」
突然何を言い出すんだと思って見つめ返すと。
「なんて言うかさ〜、凪佐の影響かな。芯をもってるってのがすごく伝わってきたり、一生懸命に取り組むことが多くなったかな〜って。ごめん、なんか言葉にできてないけど」
そして、榴華が深呼吸した。
「ごめん、今まで黙ってたことがあるんだ」
「な、何?」
「私も…凪佐のことが好きだった」
そうだったの⁉︎
ウソ…え…どういうこと?
「だけど、それを勘付かれるのが嫌で。ダメな言葉でたくさん誤魔化しちゃった。けど、はっきり言うね。私も、凪佐のことが好きだった」
「そう、なんだ…」
「私、湖子が凪佐のこと知ってた。けど…好きになっちゃった。ごめん。今はもう、大丈夫。諦めてるから」
今はもう、好きではないんじゃなくて、諦めてる。
なんだか、しっくりこない。
「榴華。諦めてるって、私にゆずるってこと?」
「うん」
榴華だって、私みたいにたくさん凪佐に憧れたはずなのに。
そんな簡単に、諦めちゃっていいの?
榴華はうつむいて、私の半歩前を歩いた。
「榴華。榴華が勘付いたように、私ね、凪佐のことが好きなの。だけど、榴華にも凪佐を諦めてほしくない。だから…ここは正々堂々勝負しよう。どっちが勝っても恨みっこなし」
榴華が足を止める。
「いいの?」
榴華は目頭をおさえて、泣きそうになってる。
「当たり前だよ。まだ凪佐はだれの彼氏でもないんだから」
「ありがとう。私、湖子に負けないくらい凪佐が好きだから、諦めない。最後まで希望を捨てないよ!」
恋愛好きの榴華と、最近恋をし始めた私。
負けない。絶対に負けないように頑張らなくちゃ。
「何の話?」
「「な、凪佐⁉︎」」
「俺も一緒に行っていいかな?」
榴華がわかりやすくパッと顔をほころばせる。
私、こんなにわかりやすかった榴華の反応にも気がつかないなんて。私自身のことで精一杯だったんだろうな…。
「もちろんっ」
「ありがとう、榴華。湖子もいい?」
「うん」
体育館が近かったから、あまり話さなかったけど、ほとんど榴華が凪佐と話していた。
「みなさん、そろいましたね。それでは、ペアを発表します。まず、紅白わかれてもらいます」
私たちは白組。
生徒会長も白組だから、心強いんだよね。
「それでは1年生から発表します…」
そしてついに、2年生の番がやってきた。
「島谷凪佐さんと組むのは__」
ドキドキしながら先を待つ。
「吉田(よしだ)榴華さんです」
榴華や私じゃないならまだしも、榴華だなんて…。
「ウィリアムズ 予雨(よう)さんと組むのは…山下湖子さんです。山下さんは、同級生ではなく、3年生と組んでもらいます」
なんかの事情があるらしいんだけど、私はほとんど上の空。
楽しそうに話す榴華と凪佐から目がはなせなかった。
当日、榴華が休んでくれないかとか、そんなヒドイ考えしか思い浮かばない。
「よろしくね、湖子ちゃん」
「予雨先輩…よろしくお願いします」
なるべく頑張って口角を上げる。
失礼だもんね…頑張らなくちゃ。
「地味子ですみません!先輩みたいなキラキラした人とつりあわないのはわかってます…」
いらない情報言っちゃった!
私、パニックになり過ぎ。落ち着け、落ち着け私!
「あはは、気にしてないよ。それより…君はもっと自信をもちなよ」
顔がっ…‼︎‼︎‼︎近い‼︎
「実は、留学生なんだよね俺。名前の通り、雨が好きなんだ」
「そうなんですね!」
私がそろそろ笑顔がひきつってきたかな、と心配になった頃、練習を始める号令がかかった。
「まず…」
予雨先輩が私の腰に手をそえたり、私が予雨先輩の手をとったり。
応援団のすることじゃないよ!と思いながらも、頑張っておどる。
「あっ、ごめん凪佐!」
「大丈夫。間違えても俺がサポートするし、ニコニコしてれば平気だよ。だから安心しておどって、榴華」
見つめ合う2人が幸せそうで胸がギリギリと痛い。
「湖子ちゃん、大丈夫かな?練習、苦しくない?」
予雨先輩が言ってくれて、涙目になりながらうなずく。
練習もまともに覚えないまま、今日の練習は終わってしまった。
予雨先輩はいい人なのに、私が足手まといになってる…申し訳ないな。
「凪佐…」
下駄箱で靴に履き替えようとしたとき、榴華の消え入りそうな声が聞こえた。
「ん?どうしたの、榴華」
「ごめんなさい。今までひどいこと言い続けてごめん。凪佐と仲良くなりたいだけだったのに、ヒドイ言葉をぶつけて。許してもらえないかもしれないけど…ごめんなさい」
盗み聞き、するつもりはなかったのに。
靴を持つ手が震える。
「大丈夫だよ。榴華にも、話そうかな。ちょっと聞いてくれる?」
「うん。なぁに?」
「実はね、一昨日の梅雨…」
深刻な話題なのに、私以外にも話してしまうのがズルいって思ってしまう。
「そうだったんだ…傷つけて、気づかなくてごめん」
「いいよ。だって、榴華は、傷つけてしまった側の気持ちも、気づかなかったって悔やんでくれる気持ちも知ってるんでしょ。ありがとう。今まで、あやまってくれる人はいなかったから。すごく嬉しい。榴華も、俺に教えてくれてるよね。たくさんのことを」
なんだか、榴華の方が一枚上手のような気がして、急いで靴を履く。そして逃げるように立ち去る。
苦しい、悲しい、ズルい。
マイナスな感情がたくさんわきあがって、涙が出る。
駅できっぷを買って、走ろうとしたら、人にぶつかってしまった。
「わっ、すみません!」
「え…湖子ちゃん?どうしたの、泣きそうな顔して。よかったら、話聞くよ?」
「予雨先輩…聞いてくれますか?」
もちろん、と先輩はこころよく引き受けてくれた。
私は心配させないように、お母さんに電話をした。
「どこのレストランにしようか…貸し切りがいい?普通がいい?」
「え…普通でお願いします」
貸し切りって聞こえた気がしたんだけど気のせいかな。
「そっかそっか。じゃあ、ここにしようか」
駅の近くのすっごく高そうなレストランにためらうことなく入って行った予雨先輩。
「こんな高そうなお店…大丈夫なんでしょうか」
「ん?値段ってこと?大丈夫だよ。俺が払うし。一応、社長の息子だから」
お、おぼっちゃまだったってこと⁉︎
お金持ちなの〜⁉︎
「うん…ありがとう」
輝くシャンデリア。ピカピカの机。大理石の床が目に飛び込んでくる…。
セレブが行くお店だ…!
「予雨先輩ってアメリカ出身ですか?」
「そうだよ。日本語って難しいよね。頑張って練習したんだ」
「すごいですね!日本語って難しいのかなぁ?」
そこでゴホン、と予雨先輩がせきばらいをする。
「…聞いてもらいたいっていうのは、レンアイのことなんです」
「ふぅん…それで?」
目をきらりと光らせる予雨先輩。
「凪佐っていう男の子が私…好きなんです。だけど、親友も凪佐のことが好きで。凪佐はそのつもりはないと思う…思いたいんですけど、榴華といる方が楽しそうだし、たくさんのことを榴華から学べる、と言っているのを聞いちゃって…複雑なんです」
予雨先輩がカフェオレをすする音だけがひびいた。
「恋愛かぁ…そうだ、今度出かけない?デートとかじゃなくて、リラックスにパーッと遊ぼうよ。どう?」
予雨先輩が優しすぎて涙が出そう。
「はい!ありがとうございます」
「それと…恋なんて忘れば楽になるよ。凪佐って子と関わらなければ、苦しくない。それでも苦しくなったときは、俺が話、聞くからさ」
なんだか、言ってることは正しいと思うけど、納得いかない。かといって、先輩に口ごたえするのは良くないと思って、無言でうなずく。
「それがいいさ」
頭に手を置かれ、ビクッと肩をふるわせる。
凪佐じゃ、ない。
どうすればいい…?今すぐこの手をはらいのけてしまいたい。
「さ、もう大丈夫かな?それともまだ話がある?」
「いえ…大丈夫です」
私を見て満足そうにうなずくと、お支払いを済ませてくれた。
「手、つなごう?」
答える前に手をとられ、先輩の大きい手がふれた。
心臓がヤバい。ドキドキしっぱなし!
「あ、雨」
さっと折りたたみ傘を渡してくれる。
「ありがとう、ございます…」
じわじわと頬が赤くなるのを感じる。
「もう駅か…じゃあね。連絡先交換しとこう」
そして、先輩と遊ぶ日は今週の土曜日になった。
ついに土曜日。
1週間榴華と凪佐の関係におびえながら過ごしたのが辛かったのか、自覚するほどひどい顔をしている。
時間までに頑張ってかわいくして、待ち合わせ場所へと向かう。
「遊園地でいいかな?」
「はいっ!」
まずは定番の遊園地、ということになった。
「どこから行こう?」
着いてすぐに、予雨先輩がジェットコースターを見ながら言った。
それは、行きたいって言ってるんだよね…。
でも私はジェットコースターが本当に無理。
怖すぎて、過呼吸になりかけたくらい。
「ジェットコースターなんかどう?」
「…すみません。湖子はジェットコースターが苦手なんです」
なんでここに?
…凪佐が私の前に立った。
「凪佐くん…だよね?君、もしかしてひとりで遊園地来たの?そりゃあ友達探したくなるわけだね」
なんで凪佐がジェットコースター苦手ってことを知ってるんだろう。
「榴華から聞いた」
凪佐がボソッと答えた。
聞いてないのに、すごい…!
「俺はいいけど…湖子に無理はさせないでくださいね」
「アトラクションまで君が決めるのかい?それは俺たちの問題だよ。君が口出ししても俺たちが決めることだから」
「湖子、なんかあったらすぐ言えよ」
凪佐はそういうと去ってしまった。
凪佐が去っていった方を見ると、榴華がいた。
…仲良くどうぞ。
「あの子が凪佐くんかぁ…、ちょっと不思議ちゃんだね。それで、湖子ちゃん、本当にジェットコースターが苦手なの?」
「すみません…そうなんです。前、過呼吸になりかけてしまって、トラウマなんです」
「そっかそっか。何も知らずにごめん。もっと湖子ちゃんのこと知りたいな」
先輩はふっと微笑んだ。
それから先輩が考えてくれたスケージュールをこなしていって、あっという間に夜になった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるから」
「わかりました」
私は夜桜を見上げながら、ベンチにこしかけた。
「こんばんは〜、君、危ないよ?こんなところでひとりでいるなんて。俺たちが送ってあげるよ?」
大学生らしき人たち5人が私を取り囲む。
「ええ…すみません。私、人を待ってるんです。だから大丈夫です」
「そんなこと言わずにさ〜」
どうしよう。予雨先輩はまだトイレだし…。
「おい、そこの5人!さっさと帰れ!」
「誰だ?」
「警察かもな。急ぐぞ」
男の人たちは走り去ってくれた。
ホッと息をなでおろす。
「ったく、なんかあったら言えよって言ったんだけど」
「…叫んでくれたのは、凪佐だったんだね、ありがとう!」
「…別に」
あれ、照れてる?頬が赤くなってる気がするんですけど!
「予雨先輩とデートしてたの?」
「うん!予雨先輩、すごく優しいんだよ。今度凪佐も一緒に行こうよ!」
「…いいけど…」
あいまいな返事しか返ってこなくて、変なこと言ったかな、と首をかしげる。
「そうだ!誕生日会、予雨先輩も呼ぼうっと。そうしたら、盛り上がるよね!」
「…いいんじゃない」
「そういえば、榴華は?」
傷つくのはわかっているのに、聞いてしまったことに後悔する。
「…榴華は、帰った」
「帰ったの?それなのに助けてくれたんだ!ありがとう!」
「予雨先輩じゃ湖子のこと、守れないと思ったから。俺の方が湖子のこと知ってるし」
なんだか、凪佐がムキになってる。
かわいいなぁ。
「ごめん、遅くなって…?凪佐くんじゃん。ここまで着いてくるの?いいかげん、つきまとうのやめてくれる?」
「よ、予雨先輩!凪佐は、私を助けてくれたんです。ヤンキーさん?から」
「さんってつけなくていいと思うのに。でも、今日1日湖子ちゃんといてわかったよ。湖子ちゃんは、そういう優しい性格なんだって」
ストレートにほめられて、胸がドキドキと音を立てる。
私は凪佐が好きなはずなのに…なんだろう、この胸のドキドキは。
「俺が送るから。ありがとう、凪佐くん。湖子ちゃんを守ってくれて」
「わわっ」
腕を肩にまわされて、バランスを崩しそうになる。
「ごめん、大丈夫?行こっか。凪佐くんも帰った方がいいよ。それじゃあ」
「いつの間に凪佐とあんなに仲良くなったんですか?」
「え?仲良く…?まぁ、そうだな。湖子ちゃんの話題で仲良くなったよ。夜遅くなっちゃったし、送ってくね」
断ろうとしたけど、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
「それじゃあ、また」
「はい!ありがとうございました」
家の前まで送ってもらって、ペコリと頭を下げる。
「どういたしまして」
ふふふと微笑む予雨先輩に、顔がなんだかあつくなる。
そうしてむかえた体育祭当日。
私たちは自主練をして、最高のパフォーマンスを披露したいという思いがあった。
それも…昨日告げられたことがあるから。
『湖子ちゃん、俺…アメリカに帰ることになった』
『え…』
『だから湖子ちゃんと会えるのは、明日で最後なんだ。だから、成功させたい。その瞬間だけは、俺たちが1番輝いていると思うから』
その言葉が忘れられない。
留学生だから、いつかは帰っちゃうとは思ってたけど…こんなにはやいなんて。
「応援団のみなさ〜ん!お願いします!」
体がこばわっているのを感じる。
「湖子ちゃん、リラックス〜、楽しもう」
「ありがとうございます」
優雅なステップをふみ、予雨先輩にささえてもらいながらパフォーマンスを披露していく。
「いいね、あともう少しだ」
もう終わっちゃうのか。寂しいな。
「ありがとうございました〜、以上、応援団のみなさんでした!」
応援席に戻ろうとしたとき、予雨先輩にひきとめられた。 
どうしたんだろう。もう体育祭は終わったんだけどな。
「湖子ちゃん…俺の彼女になってほしい。好きなんだ、君のこと」
「え…私、湖子ですよ?相手を間違ってるんじゃ…」
唇に人差し指を当てられて、私は黙り込む。
「湖子ちゃんのことが好きなんだよ。湖子ちゃんは、俺のこと、どう思ってる?」
「私は…」
予雨先輩と出会ってから、榴華と凪佐が仲良くしているのを見ても、辛くなくなった。その分、楽しかったからだよね。
たくさん励ましてもらって…頬が赤くなるときもあった。…でも。
「ありがとうございます…だけど私は、好きな人がいるんです。まだ気持ちは揺れません。凪佐のことが好きなんです」
「そっか…」
「予雨先輩には、たくさん助けてもらいました。ドキドキもしました。それでも…これは恋じゃないって気がついちゃったんです。それと…前に慰めてもらいましたが、恋心を忘れることはできません。辛くなくなるのは事実だけど、それと同時にドキドキも忘れてしまう。それは嫌です。あと、予雨先輩は…すごく大切な、友達です」
それがとどめになったのか、諦めたような顔をした。
「湖子ちゃん…返事をくれてありがとう。アメリカに戻っても、俺のことを忘れないでほしい。大切な、仲間でいてほしい。友達でいいから」
「はい」
「凪佐くんと…うまくいくといいね」
それだけ言うと、予雨先輩は去ってしまった。
「凪佐…あのね、私、凪佐のこと好きなの」
応援席に戻る間際に、榴華が凪佐に告白したのを聞いてしまった。
凪佐は穏やかに微笑んで、
「ありがとう」
と言った。
私はこの瞬間…2人がカップルになるのを見届けなければいけないと思った。
「だけど…俺は好きな人がいる」
「…それって…湖子?」
「違う」
心の中で、何かがくずれた。
即答だった。
失恋…恋ってこんなに苦しいんだ。
榴華がボロボロと涙をこぼした。
「じゃあ、誰が好きなの?」
「それは…言えない」
「凪佐。私はいつまでも一途だから」
そういうと、榴華は走り去ってしまった。
「俺も告白、してみるかな…」
ひとりたたずむ凪佐の独り言に、私はショックを受けていた。
しちゃうんだ…嫌だ。ものすごく嫌だ。
しないでほしい。凪佐が誰かの彼氏になるなんて耐えられない。
私はトボトボと応援席に戻った。
「湖子…フラれちゃったよ」
「榴華…」
私はそれだけ言うと、涙が止まらない榴華の背中をなでた。
私だって泣きたいよ。凪佐に好きな人がいるなんて信じたくないよ。
「湖子、ちょっといい?体育祭のことで聞きたいことがあるんだ」
ヤバいヤバい。せっかく凪佐が話しかけてくれたんだから、笑顔でいなくちゃ。
ムニッとほっぺをつまんでから、満面の笑みでふりかえる。
「オッケー!」
たとえ、凪佐に好きな人がいても。
「ありがとう、湖子」
私は、笑顔でいなきゃいけない。
「じゃあ、こっち来て」
凪佐を心配させるようなことは、
「うん」
…凪佐を好きな私にとって、大きな罪だから。
校舎に入ると、くるりと凪佐がふりかえる。
「凪佐、体育祭のことって…」
「好きなんだ。これだけ知らせようと思って」
「うん」
私、凪佐にバレバレだったんだ。私が凪佐を好きなこと、凪佐自身もわかってたんだ。
だけど、凪佐は優しい人だから、自分に好きな人がいることを教えてくれたんだろうなぁ…。
そんな凪佐だからこそ、好きになったのに。
わざと人気のないところに連れてきてくれたんだね。
「…湖子は、どう思ってる?」
凪佐がおそるおそる聞いた。
「私は…凪佐の恋がうまくいくように願うだけだよ」
「……?どういうこと?」
「こっちこそ、どういうこと?」
なにがなんだか、わからない。
「状況を整理しよう。俺が好きなのは湖子なんだけど」
え…?ええっ⁉︎私⁉︎
「だからどう思うって聞いたのに。変な答えしか返ってこないし。で、改めて聞くけど、俺は湖子が好き。湖子はどう思ってる?俺のこと」
「私、好きだよ。凪佐のこと。ずっと前から、好きだったんだよ。一途だったのに。
「…俺の方が一途だっつーの。俺を変えてくれた湖子が好きだ」
凪佐が意地悪だ!
しかも、無邪気な笑顔。この笑顔が私、好きなんだよなぁ。
「ぶっちゃけ、予雨先輩にとられるんじゃないかって怖かった。しかも、榴華とデートしようって言われるしさ。俺は、湖子としたかったのに」
ストレートに言われて、慌てて他の話題を探す。
「でも、さっき、榴華が湖子のことが好きなの?って聞いたら、即答で違うって言ってたのに」
「聞いてたんだ?あれは恥ずかしくて言えなかったんだ。即答っていうのは…ごまかすために…」
あ、照れてる!
私がかわいく思っていたとき、
「今日から俺の彼女、ってことだよね。榴華はいつまでも一途だからって言ってたけど、俺の方が湖子に一途だから」
「ちょっ、ちょっと!凪佐、どうしちゃったの?」
「うかれてるんだよ。凪佐って呼んでほしいって言ったときも、その方が距離感が近い感じがするじゃん?だからだよ。湖子が寝ちゃったときもかわいかったなぁ」
そのとき、雨が降っていることに気がついた。
「雨…」
凪佐は穏やかに微笑みながら、雨を見つめた。
私は何度、この表情を見たんだろう。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「凪佐。大切なお母さんを亡くしたことのない私が言っていいかなって思うけどさ、雨を見てるときの凪佐は…笑っているように見えないよ」
「どういう…こと?」
凪佐の笑顔がかたくなった。
「なんだか…無理して笑ってる感じ。凪佐が本当に嬉しいときの笑顔は…小学生みたいで、無邪気に笑ってるの。笑顔をつかいわけてるっていうかさ…無邪気な笑顔が私…好きだな。その穏やかな微笑じゃなくて」
言えた…!
私の素直な気持ちは、それなんだ。
「俺…雨を見てるときの表情、気にしたことなかった。ただ…母さんとの思い出を思い出したい一心でさ…。でも、穏やかな微笑?って表情をしてたのかもってなんとなく自覚してきた。笑顔をつかいわけてる、ね…なるほど。ありがとう。ちょっと改善してみるよ」
そうして、凪佐は口元が少しひきつりながらも、私が求めていた笑顔で笑ってみせた。
「ひきつってるよ、口元!でも、その笑顔、とってもいい!」
「あはは、よかった。やっぱり、湖子と出会えてよかった。湖子と出会わなかったら、俺、ずっと…」
凪佐が言い終わる前に、
「なにやってんだ、そこの2年!さっさと手伝え!」
先輩の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ヤバい、手伝わないとな」
「そうだね!今行きまーす!」
私たちは心から笑いながら、先輩のあとを追う。
応援席の片付けをしていた榴華の元へ、伝えにいく。
「榴華、あのね…」
「なんとなくわかった。だからお幸せに。最初から諦めておけばよかったよ。可能性なんてなかったのに…湖子の言ったことを実行しようと思った私がバカで恥ずかしくなるよ」
目線を合わせずに、榴華はパイプ椅子をたたんでいく。
「そんなことないよ!…」
それ以上、言葉が出てこなかった。
でも、榴華に手を出す。
「うるさい、うるさい!湖子は初恋の人と結ばれたからいいけど、失恋した私の気持ちなんてわかるわけないでしょ!同情しようとしないでよ!だって事実はハッキリしてるんだから」
言葉の最初は怒りながら私の手をふりはらった榴華だけど、最後の方は泣きそうになっていた。
「榴華…ごめん」
私はそれだけ言うと、他のパイプ椅子をたたむ。
「パイプ椅子、こっちに持ってきてくれる?」
凪佐の声がして、そこへ持っていく。
「大丈夫、重くない?…って、どうしたのそのひどい顔!榴華とケンカでもしたの?」
するどいな…私は首を横にふる。
これはたとえ彼氏だとしても、言ってはいけないことだと思うから。
「…体育祭、疲れちゃったなぁって…」
凪佐はウソだとわかったはずだけど、
「そうだよね。お疲れ様。もう少しで終わるから、頑張ろう」
とパイプ椅子を代わりに持ってくれて、それ以上は何も聞かなかった。
凪佐…ありがとう。
心の中でお礼を言いながら、また他の作業を探す。
「湖子…」
「榴華⁉︎もしかして、そのパイプ椅子重い?持とうか?」
ふるふると榴華は首をふった。
「違うの。私、さっき、湖子にひどいこと言っちゃったなぁって…彼氏でもある凪佐に、私のこと言わないでくれたでしょ?私だったら言っちゃう。なのに黙ってくれてた…ありがとう。そして、ごめんなさい。…許してくれる?」
「違うでしょ、榴華なら私の悩み事とかも誰にも言わずに聞いてくれる。だから、お互い悪くないし悪い!許すとか、許さないとか関係ないよ」
榴華は私をまじまじと見つめたあと、わっと泣き出した。
私は榴華の背中をなでる。
「湖子ぉ…もしまた私に好きな人ができたら、応援してくれる?」
「もちろんだよ!」
榴華は涙目になりながらも微笑んだ。
これで、友情も恋も両立できた。
「湖子、こっち手伝って!」
大好きな彼が、私の名前を呼んでいる。
「言ってきなよ」
と微笑む親友。
これがまさに幸せなのだと、確信した。
榴華は親友と呼べるほどではないと思っていたけれど、このことを通して、より仲良くなれた気がする。
私はうなずいて、彼の元へ走った。
「よかったよ、仲直りできたみたいで」
凪佐はそう言って無理矢理の笑顔をつくった。
「笑顔、練習しなくていいんだよ。私は、心の底からの笑顔を見たいよ」
「無邪気に笑う、小学生みたいな俺がいいって言ったのは誰だっけな?小学生みたいな笑顔を見たいって誰かさんが言ってたような?」
まったく、意地悪なんだから。
「変わったよね、凪佐」
「そりゃあ、湖子が変えてくれたんだから」
まったく、ストレートなんだから。
嬉しいけど…!
「これからは笑顔を練習しません!心の底から笑いたいときに笑います!」
「どうしちゃったの、急に」
私が、あははと笑うと、ギュッと引き寄せられた。
そして、耳元で、
「好きな子がそう言ってるんだから、それを叶えてあげて当然でしょ」
と意地悪に笑った。
「も、もう!からかわないでよね!」
「からかってないし。素直な感想です〜」
どうしよう。とんでもなく、私は凪佐が好きだ。
「顔、赤いですけど?どうしたんです?」
「好きだなぁって」
私が言うと、パッと顔を赤らめた。
「バッタが」
凪佐はズズーンと落ち込む。
「冗談だって、ウソウソ!」
私が慌てて言うと、
「知ってるよ…」
「じゃあなんで、そんなに落ち込んでたの?」
「…湖子の誕生日パーティー、楽しみにしてる」
いきなり話題を変えた!
「うん、ありがとう」
照れくさそうに微笑む彼と、嬉しくて笑う私。
「今度はデートしてよね、俺と」
「うん!楽しみにしてる」
私たちはゆびきりをして、ふっと微笑んだ。
こうしていつまでも、凪佐と笑っていられますように。
私はそっと願った。
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

表紙を見る
もしも魔法が使えるなら 〜私との約束〜

総文字数/50,667

恋愛(その他)1ページ

表紙を見る
幼なじみと同居することになりまして…⁉︎

総文字数/18,927

恋愛(その他)1ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop