離縁された出戻り令嬢ですが、極上社長から最愛妻に指名されました。
再会と求婚
「……よし、出来た」
糸始末をして糸鋏で余っている糸を切った。パチンと鋏が重なる音が、終わった合図だ。
完成したミモザの花を小さく刺した紺色のハンカチに小さなピンクの薔薇に小さなバラの蕾に葉などを散りばめた刺繍をしたワンピースをギリギリ出来上がった。
私はアイロンとアイロン台を用意すると出来上がったものに丁寧にアイロンを掛けて二つを畳み、もう来るだろう訪問者を待つ。すると、予想通り彼女がやってきた。
「……っあんた、どういうつもり!?」
とても不機嫌そうな表情で掴み掛かる勢いだ……だけど、従姉がなぜこんなに怒っているのかは分からない。
それにどういうつもりかと言われても何に対してなのか主語を言ってくれないと私だって分からないし、知りようがない。
「何がでしょう?」
「とぼけないでよ! なんであのお方が、出戻りのあんたを選ぶわけ!?」
だから、あのお方とか言われても分からない……ちゃんと、情報をください。
「なんであんたが――」
従姉はあの方を教えてくれない。それに怒りが収まらないのかヒステリックに叫んでいた。だけど、彼女の言っていることを整理すると私に縁談がきたということだろうか。彼女は典型的なお嬢様で、両親に蝶よ花よと甘やかされて育ち欲しいものはなんでも与えられてきた。だから、自分より下で出戻りという肩書きがある私に縁談がきたことに怒っているのだろう……彼女の怒っている感じを見るととても良い縁談なのだろう。それも、伯父様が逆らうことができないほどの人なのだと察する。
物好きもいるんだなぁと考えていると彼女の平手が飛んできて私の頬に掠った。ビンタにはならなかったが、長い爪が当たったみたいでヒリヒリしてきた。あとで手当てしないと……そういえば、ワンピースを渡さないと。
「お従姉さま、ワンピースとハンカチを」
「……っ……」
「それと、“あのお方”の正体を早く教えてくださいますか?」
そう問いかけると「それは僕のことじゃないかな?」とここにいるはずもない男性の声が入り口の方向から聞こえてきた。
「……っど、どうしてこんな場所に! それにいらっしゃるのは十一時くらいではなかったですか!?」
「あぁ、そうだね。だけど早く会いたかったんだ」
そう言った男性は従姉をこの部屋から出ていくように催促して追い出し、こちらを見てニコリと微笑む。
初めて会うはずなのにどうしてかその笑顔を見たことある気がする。だけどこんなイケメンなら覚えていないはずはない。だって白浜家にいた時もパーティーに参加したことあるし、私の記憶がないだけでその時に会ったのだろうか。
「何も聞いていない感じですね。僕は、株式会社フジオミデザインの社長をしています藤臣紬翔といいます」
株式会社フジオミデザインといえば、アパレル界ではトップに入るほどの大企業だ。元々は繊維会社だが、戦前は軍服などに力を入れ、戦後からはファッション業界を担ってきた会社でもある。だけど、そんな藤臣の社長さまが私に縁談を?
「あの、どうして私に縁談を……私は、一度離婚歴がありますし、ふさわしくないかと」
「俺のこと本当に思い出せないの? もあちゃん」
男性は私を“もあ”と呼んだ。今、周りには私をそう呼ぶ人はいない。だけど、両親が生きていた頃にとある男の子が私をそう呼んでいた。もしかして……
「間違っていたらごめんなさい。失礼を承知して申し上げます。藤臣さまは、幼い頃に『つーくん』と呼ばれていませんでしたか?」
私の古い記憶だ。両親が生きていた時の幸せな記憶で、当時私の隣には『つーくん』という男の子と『なおくん』という男の子がいたはずだ。
「うん、思い出してくれて良かったよ。じゃあ、もあちゃん。突然だけど俺と結婚しよう」
「……っ突然すぎます! どういうことですか?」
「もう、社長には許可はもらってるんだ。それに今からここを出るよ」
またも驚くような発言をすると私を抱き上げた。