隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて
「フリーになられたとのことなので、では本気で口説かせてもらいます」
「えっ?」
 深く傷ついたばかりなのにトキメキを覚えた。
 心に温かいものが注ぎ込まれたかのようで、私は思わず固まってしまった。
 しかし、恋愛なんてもう懲りごり。ましてや年下なんてありえない。
「もし次に交際するとしたら真剣に結婚を考えてくれる人でなければもう無理なの。だから、からかわないで」
「からかってなんかいませんよ」
「年上をそうやっておちょくっちゃいけないのよ」
「大丈夫ですか? ちゃんとご飯を食べて眠れる場所はありますか?」
 私の言葉を無視して質問を重ねてくる。
「まさか、野宿?」
 思わず黙り込んでしまった。今夜も私はネットカフェで眠るのだろうか。
「顔色が明らかに変わりましたね」
「……いろいろあって次の給料日までちょっと大変で」
 実際に家を借りて生活するとなったら、数ヶ月は厳しいかもしれない。実家のマンションを売り払ってしまったことに後悔の念を抱く。
 そのお金も修一郎に使われてしまったのだ。しっかりと生きていけるのか不安になってしまう。
「まさか、真面目に働いていていい給料をもらっている相野さんが無一文なわけないですよね?」
 どうして痛いところを突いてくるのだろうか。
「事情があって今はそういう感じ。……私にも悪いところがあったのかもしれない」
 例えば夜を満足させることができなかったとか、実は料理があまり美味しくなかったとか。
「こんな状況に陥っても、相手のことを悪く言わないんですね」
「……何年も一緒に過ごしていた人だからね」
「心配なので資金ができるまで僕の家に来てもいいですよ。一人暮らしをしていて空いている部屋もあるので」
「遠慮しておくわ」
 即答する私に岩本君は苦笑いを浮かべる。
「同意を得るまで取って食ったりしませんから」
「ありがたいけれど、お世話になるわけにはいかないよ」
「頑なですね。そういうところもかわいいと思いますがあまり無理をしてはいけませんよ。ではお腹が空いてどうしようもなくなったら連絡ください。すぐに迎えに行くので」
 感謝はするが、まさかお世話になるわけにはいかない。私は立ち上がった。
「じゃあ、耐えられないところまでいったら力を貸してもらう……かもしれない」
「喜んで」
 にっこり笑うので調子が狂ってしまいそうになった。
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