隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて
そう思っていたら、嫌なことが次から次と起こってしまったのだ。
なぜか最近、私の仕事はかなり多くて、残業ばかり続いていた。
疲れ果てて会社の化粧室の中にいると話が聞こえてくる。
「相野さんって仕事ばっかりで、恋人のこと構わなかったらしいよ」
「だから別れたってこと?」
「仕事ができるのはわかるけど、大切な人のことを放っておいてまでやるのはどうかと思うよねぇ」
変な噂を流されていたのだ。きっと修一郎が言いふらしているのだろう。
昼休憩を終えて部署に戻ってくると険悪な空気が流れていた。
課長が近づいてきて私に書類を見せてきた。
杏奈ちゃんが発注ミスをしてしまったそうで、その承認をしたのが私になっていた。
もちろん身に覚えのないことである。
誰かが勝手に私の印を押したのだろうが、部署内から冷たい視線が突き刺さった。
「大事なクライアントなんだ。なぜこんなケアレスミスをしてしまったんだ?」
「私は……っ」
「相野らしくない。本当に君がチェックしたのか?」
違いますと言おうとした時、杏奈ちゃんが口を開いた。
「あの時すごくお忙しそうにしていましたよね。あまりチェックできないでハンコを押してくださったのかもしれません」
あることないことを言い出したのだ。なぜ。そんな嘘をつくのだろう。
「待ってください」
「どうするつもりだ!」
怒鳴りつけられた。
「文書の整理番号を確認すれば誰がチェックしたのかわかるのでは?」
岩本君が提案してくれ課長はハッとした。
大事な書類はパソコンで管理されている。課長はそのチェックをしないで、皆の前で大きな声で私を叱責していた。
キーボードを叩いてチェックすると、担当はやはり私ではなかったのだ。修一郎だった。
私を退職に追い込もうとしてはめようとしたのではないか。しかし、パソコンの管理画面の細工をするのを忘れていたのだろう。それぞれパスワードが付与されているから、簡単には変更できない仕様になっている。
修一郎を悪くは言いたくなかったけど、疑われたままというのは許せなかった。
「田辺さんが確認したことになっています。私の印鑑を勝手に使ったのではないでしょうか」
修一郎に視線を向けると観念したというように立ち上がった。
「すみません。間違えて押印してしまったかもしれません」
課長は顔を真っ赤にして修一郎を奥の部屋に連れて行った。
ほっと胸をなでおろしたが、悪質なことをするなんてひどすぎる。杏奈ちゃんは都合悪そうな顔をしてパソコンに向かっていた。
彼女は修一郎に協力するようにお願いされたのか。修一郎のことを気に入ってるようだったから断ることができなかったのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
岩本君が心配そうな顔をして私のことを見ていた。
「うん、ありがとう」
結局私のミスではなかったということになったが、修一郎が裏でまた変な噂を流したのだ。
『本当は相野のミスだったのに俺がかばってやったんだ。元彼女の尻拭いをしてやったって感じかな』
まるで私が悪者になってしまったかのように会社の空気が変わっていき、だんだんと居づらくなってしまった。