隠れ御曹司の溺愛に身も心も包まれて
* * *
修一郎は元彼氏だったのかと思うほど、毎日のように私に冷たい視線を向けていた。
そんな中、就業時間が終わる頃、課長が号令をかけた。
「残業中の方もいるかと思いますが、皆さんにここでお知らせがある」
そう言うと課長は岩本君に目配せをし、彼が立ち上がった。
「アメリカへ飛び立つ日が迫ってきたので、岩本さんから一言挨拶があります」
あと二週間で岩本君はアメリカに行ってしまうのだ。当たり前に近くにいたからいなくなるなんて想像できない。
「短い間でしたがいろいろ教えていただき心から感謝します。実は皆さんにはお伝えしていなかったのですが、僕は社長の息子です。身分を隠して現場に入り仕事をしてきなさいと言われこちらで働かせていただいておりました。デザイン部というのは我が社の中枢の部門であります。間近で働く姿を見て本当に勉強になりました。アメリカに行き経営のことを学びつつ、役員の一人として、来年からもお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
ほとんどの社員は驚いたようで目を大きく見開いていたが拍手が湧き上がった。
挨拶が終わると、課長は私と修一郎を呼び出す。
打ち合わせ室に行くとそこには岩本君と部長もいた。
「事実を伝えるべく、調査報告を発表させてもらいます。こちらに関しては社長の決済も下りている案件です」
何が起きるのだろう。このメンバーが集まっているということは、私のアイディアが盗まれた件についてに違いない。
「相野さんのデザイン案が使用されたという件についてです」
場の空気が凍りつき、修一郎は顔色がだんだん青くなっていく。
私はこの話はうやむやになるのではないかと思っていたが、会社としてしっかりと調査してくれていたということに感謝の念を抱いた。
「ある日、就業時間が過ぎ人がいなくなった頃、僕は忘れ物を取りに部署に入りました。相野さんともう一人の社員が仕事をしているところでした」
それは修一郎のことを言っているのだろう。
「僕と相野さんがコンビニに買い出しに行くことになって。ただなんとなく気になって僕だけもう一度部署に戻ったんです。すると相野さんのパソコンを真剣に見ている人がいました。ただ見ているだけではアイディアを盗んだかどうかなどは判断できかねます。そこで社内の監視カメラの解析と、パソコンのアクセス解析等を専門業者に確認していただきました。その結果、相野さんのパソコンの中で作られたデザインのほうが日時的にかなり早かったことと、相野さんが席を外している間に画像データが盗まれたアクセス履歴とその時間に一致する監視カメラの解析結果が出て、明らかにアイデアを盗まれたという結果になりました」
私の無実が証明され安堵が広がる。
一方で大きな体の修一郎がかなり小さくなって見えた。
「デザイナーとしてアイディアを盗むことはかなり重大な罪だ。しかるべき対処を考えている」
課長が重苦しい口調で言った。産みの苦しみを知っている人だからこそ、この課長の言葉は深く胸に突き刺さったに違いない。
「……申し訳ありませんでした」
修一郎は全員が見ている前で頭を深く下げたのだ。
「デザインという仕事は自分には向いていないのかもしれません。相野さんの才能に嫉妬し、彼女のようになりたいと思っていました。締め切りが迫ってきてどうしても思いつくことができなくて……アイディアを拝借してしまったのです」
「それはいかん」
「そうだぞ? やっていいことと悪いことの区別がつかないのかね?」
部長と課長が次々に叱責する。
謝ってくれたらそれで終わりというわけにもいかないけれど、だからと言って失敗してしまった人を寄ってたかって責めるのはそれもまた違うと思う。
修一郎を守らなければいけないと思ったが、私よりも一歩先に岩本君が口を開く。
「部長、課長、ここで攻めても何にもなりません」
「……ええ、そうですね」
「田辺さんも特別な才能がありました。ですから残念でなりません。相野さんがどれほど苦しんだかそこは重く受け止めてください。今後のことは社内で検討していこうと思っています」
「はい……お願いします」
「では、これで終わります」
打ち合わせ室から出ると席に戻った。
私は自分の中にある感情をどう表現したらいいのかわからない。
でも一つ言えるのは、私の大切な作品を守ってくれた会社と岩本君への感謝だった。