夜の姫は、夜王子の夢を見る。
「あ? 俺をだ」

 ―まっ、またばちばちやってるっ……あはは。喧嘩するほど仲が良いって言うし、ふたり、意気投合するんじゃないかな?

 軽く笑っていたけれど、なんでか莉々花ちゃんは真剣に……いや、怖く私を睨む。

 そしてやって来たのは、人気の少ない裏庭。

 太陽が差さないここは、影が好きな吸血鬼にとって、体調万全にするには絶好の場所。

「あのね、夜姫さん。莉々、正直に言うと夜姫さんに消えて欲しいの」

「……っえ」

 思わず洩れたのは、驚きに満ちたおかしな声。

 消えて欲しいなんて、天使みたいな莉々花ちゃんが使うような言葉じゃない。

 私は、さあっと、顔を青ざめた。

「どう、して……?」

「んー、理由っていえば色々あるけど、中心となる理由が二つあるかなあ」

 そう言って、極上の笑みを私に向けてくる莉々花ちゃん。

 本当だったら可愛くてほへーっとにやけてしまうかもしれないけれど、今の私には恐怖にしか思えない。

 ―どうしようっ……こんな狭い裏庭じゃ、逃げ場もないしっ……翼だって、出せないし……。

 私は、がくがくと膝が震えていることに気づいた。

 手の甲もすっかり白く見える。

「一つ目! 莉々の方が断っ然可愛いのに、イケメンヴァンパイアに愛されてるのはなぜか夜姫さんだけなこと」

「……ほ、え……?」

 何を言っているのか、全く分からない。

 莉々花ちゃんが私よりも可愛いことは全然納得できる。

 けれど、私のほうがイケメンヴァンパイアに愛されてるっていうのは意味が分からない。

 どうして、なんで。

 疑問と恐怖の震えばかりが、脳内に響く。

 さっきまでの微笑ましい光景なんて、もう脳内には無い。

 頭は真っ白になって、もう何もかもが怖くなってしまう。

 そんなとき、ふわっと浮かび上がったあの優しい笑顔。

 ―亜嵐くん、助けてっ……。

 亜嵐くん。

 明るく優しく、包容力のある笑顔をいつも私に向けてくれる男の子。

 そんな人は初めてだったから、私の初めてのキスも、感情も、奪っていった。

 今までのどきどきの正体。

 それは……―好き、という気持ち。

 きっとキスのときから。

 私は、あんなに優しく私に触れてくれた亜嵐くんにときめいて、恋に落ちて。

 いつの間にか好きになっていた。

 そんな、ほわほわした妄想を打ち消した、低い低い声。

「二つ目。……とってもとっても、生意気なこと」

 そう言うと莉々花ちゃんは、私の頬をぱしっと叩いた。
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