夜の姫は、夜王子の夢を見る。

2.吸血衝動

「血……吸えて、無いよね?」

 思い切って放った、この言葉。

 夜王くんは、その薄い朱色の瞳を見開いた。

 ―ひいっ……こ、怖いっ……。

 椅子からがたっと立ち上がって私に近づいてくる夜王くんから逃げるように私は、一歩一歩と後ろに下がる。

「夜王、くんっ……?」

「お前、俺の瞳の色が、分かるのか」

「えっ……?」

 この言い方、おかしい。

 まるで、誰にも気づかれなかったみたいな。

 絶対に、誰かが気づくはず。

 こんなに薄い、瞳の色なら。

 一歩下がっていくうちに、迫っている壁。

 もう、逃げ場が無くなってしまう。

 どんっ。

 すぐ後ろは、真っ白なひんやりした壁。

 ―どう、しようっ……。

 逃げたい。

 不安と恐怖が私の心を支配する。

 顔がおかしいぐらいに整っているイケメンヴァンパイアに迫られて、壁どんをされてどきりとしない女の子はいないだろうけど、今の私は、すごく怯えている。

 何をされる?

 気づいてしまったこと、だめだった?

 どきどきどきどき、不安で鼓動が速くなっていく。

 その途端――。

「ごめん」

 夜王くんは、一言謝って、私の首に口を近づける。

 がぶり。

 私の首には、夜王くんの冷たくて、でも柔らかい唇。

 吸血されているのだと、今気づいた。

 ―……っ、んっ……ほ、あっ……。

 吸血されるのは初めてで、どんな感じなのだろうと緊張していたのも束の間。

 すごくくすぐったくて、それでもって……。

 気持ち良い。

 吸血鬼の世界では、初の吸血をした相手、された相手で絶対その相手としか吸えないルールがある。

 私の初めては、夜王くんだった。

 今まで血を吸うのは、血が入ったパックだった。

 そこの血が私にとっては一番美味しかったので、そうしていた。

 私はもう、夜王くんの血しか吸えない。

 夜王くんも、私の血しか吸えない。

「ん、あっ……夜王、くんっ……やっ……」

「……っ」

 吸い終わったらしき夜王くんは、私の首から唇を離す。

 多分私の今の首には、夜王くんの歯型が付いている。

 ―……気持ち、良かった……。

 顔を赤らめて、夜王くんを見上げている私に、夜王くんは私をじーっと間近で見つめる。

「おい、お前」

「……っ?」

「着いてこい」

「は、はい……?」

 疑問形になりながら着いていく。
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