策略に堕ちた私
「俺、もう付き合えません。山田常務のことが好きだけど、もう無理なんです、すみません」

 新入社員の高橋くんが私の前で頭を下げる。
 会議室に呼び出された私は、部下の高橋くんに呆れた目を向けていた。
 好きだけどもう無理って、どういう意味?
 だって、あなたから告白してきたよね?
 それ、先週のことだよ? 
 そのとき、「好きだから付き合ってください」って言ったのよ?
 なのに今度は「好きだけど無理」ってどういうことよ。
 私、もう29歳だから22歳のあなたにはちょっと年上すぎるって何度も断ったよね。そこを、「付き合ってください」って強引に押してきたよね。
 情熱的に口説かれて、私も、最後には受け入れて。
 そしたら、やっぱりこうなったわけだ。
 でもさ、昨日あなた、社内の飲み会で「俺、山田常務と付き合ってます」なんて言っちゃったよね? 
 酔っぱらってたとしてもあれはなかったんじゃない?
 その場が一瞬、凍ったよね。私、思いっきりいたたまれなくなったよね。その場の全員に、「若者の未来を潰すアラサー女」って目を向けられたよね。
 その場の空気も読まずに、「俺、サイコーに幸せです」って言ってのけちゃう高橋に、でも、私はキュンってときめいた。
 私を見て満面の笑顔の高橋に、少しばかりとろんとした目を向けていたはずだ。ああ、今となっては、あの瞬間を消し去りたい。
 新卒にとろけさせられるアラサー女の滑稽さよ。痛いアラサーが、誰の目にも焼き付いたよね。
 その翌日にこれってどうなの?
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