策略に堕ちた私
「わかったわ。もういいわ」

 私は高橋にそう言った。ただし、上司として、釘だけは打っとく。

「でも、次に同じことをする場合には、きちんと相手が納得できる理由を用意しておきなさい。相手に失礼です。もう学生じゃないのよ」
 
 顔を上げた高橋がほっとしたような表情を浮かべているのを見て、イラッとも、グサッともくる。しかし、何とか踵を返して会議室を出た。
 ずんずんとオフィスを横切り、自分のデスクに向かう。
 何なのよ何なのよ!
 すぐに振るなら告白なんかしないでよ!
 せめて、社内バレしなけりゃよかったのに、みんなに言いふらしたりして、高橋め!
 何だったのよ、何がしたかったのよ!
 これじゃ、オバサンが若者の手のひらで踊らされただけじゃないの!
 明日にはまた生ぬるい目で見られるんだわ。調子に乗ったオバサンがやっぱり振られたって。
 終業後の時間だったおかげで、フロアには人がまばらなことが救いだった。
 私の後からフロアに戻った高橋は、こちらを見ないでそそくさとフロアを出て行く。
 昨日までは、はにかんだ目を向けてきて、照れくさそうに笑みを寄越してくれていたのに。
 キーボードに怒りを打ち込んで、やがて、ひと気のなくなったオフィスで、はあ、と息を吐く。
 怒りの次に、じわじわと喪失感が湧いてきた。
 そっか、振られたのか。
 はあ、高橋のこと、好きになりかけてたのにな。
 
 私にはろくろく恋愛経験がない。高校までは部活中心で、短大ではバイトに明け暮れた。
 社会人になって二回ほど同僚に声をかけられたこともあるが、短期間で振られた。
 思い返せば、愛を育む前に振られてばっかり。キスどころか手つなぎだってする前だ。
 はああ、私、このままずっとひとりぼっちなのかなあ。
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