策略に堕ちた私
 私、キスもその先もしないで30を迎えて妖精になって、そして、ひっそり死んでいくのかなあ。
 くっ、こんな時は仕事仕事。
 両手でピシャリと両頬を叩く。
 恋愛を遠ざけてきたのは私でしょ。出会いを求めてこなかったんだから。
 21時を回ったフロアの片隅で、キーボードを打ち鳴らし、適度なところで切り上げて、コンビニに買い物に行く。フロアに戻るなり、350ミリ缶を開ける。
 飲んでやる。飲まなきゃやってられないわよ。
 プシュッ。
 はあ、良い音。癒されるわあ。
 二本目の缶を開けたところで、フロアのドアが開く音がした。
 誰よ、こんな遅い時間にオフィスに入ってくるやつは。
 うろんな目つきを向ければ、その先には背の高い影があった。
 どことなく威圧を感じさせる人物は、瀬川社長だった。
 
「あ、おかえりなさい」
「まだいたの?」

 社長もまたこちらにうろんな目を向けて社長室へと入って行く。
 そうだよね、不動産業にはありえないほどホワイトなうちの社に、夜更けにオフィスにいるのは役員の私か神出鬼没の社長くらいのもんよね。社長ってば、呼べば三分でオフィスに駆けつけるから、カップラーメンのタイマー代わりにされちゃってるし、私に。
 さて、そろそろ、帰るか。
 鬼社長に仕事振られないうちにとっとと帰ろ。
 しかし、それから数分後、フロアに出てきた社長に向かって、ドンとデスクを拳で叩く私がいた。

「社長、私、振られました!」
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