策略に堕ちた私
 瀬川社長は御曹司なのに偉ぶらず、腰も低い。

「それはご愁傷さま。じゃあ、俺、先に帰るね。山田さんも早く上がってね」
「ちょっと待ってください、私(29)、振られたんですよ! 部下の愚痴くらい聞いてください! こっち来てくださいよ!」

 私がそう言うと、社長は仕方なさそうに隣に座り込んだ。

「ちょっと近すぎます。もっと向こうに行ってください」

 理不尽な私の要求に、社長は大人しく従って、少し椅子を遠ざけた。

「相手は高橋くんだったっけ。昨日の飲み会でのろけてたよね」
「そうなんです! 高橋くんから言い寄ってきたのに、一週間でポイされました」
「残念だったね」
「これってオバサンがからかわれただけですよね。社長、オバサン侮辱罪で高橋くんをクビにしてください!」
「それはできないな」
「じゃあ私が高橋をクビびします! あいつなんかクビだ、クビ!」 
「山田さん、飲んでる?」

 吠える私の挙動に、社長は訊いてきた。

「あ、社長も飲みます? まだ二本ありますので」

 私はごそごそと袋の中から缶を取り出した。
 社長はそれを見て首を傾げる。

「これ、ノンアルコールビールだよね」
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