恋のリミット宣言⁉︎
転機
その後。
無事に家に帰り着いた私。



ショックで立ち直れず、自室の椅子に座って、泣いていた。




うぅ..........っ。




先輩にフラれたら、すぐに前を向けると思ってたのに。



(悲しくて振り切れないよ..........っ)





失恋の威力って凄まじい。




頭がぐちゃぐちゃになって、こころにぽっかり穴が空いたみたいな。





こんなに気持ちになるなんて、知らなかったよ。








なかなか立ち直れなくて、うじうじと机に突っ伏していると。






ピーンポーン






玄関のチャイムがなった。




———————————————誰だろう?



壁にかかっている真っ赤な縁の時計を見る。






6時半。







この時間ってことは部活帰りの智也かな........?




弟の智也は、中学校で、サッカー部に入っている。



なんでも、私とは違って運動ができるから、レギュラー入りしているとかしていないとか。




本当に羨ましい。










というより、わざわざチャイム押さなくても鍵を使って入ってくれば良いのに............。











さては、鍵を忘れていったんだな。





昨日、「ちゃんと持っていくんだよ」って注意したばっかりなのにっ!!









はぁ、とため息をつきながら玄関の扉を開ける。



本当に今日はついてない。






「........智也!!ちゃんと鍵持って行かなきゃダメって言ったじゃ...........」


俯いていた顔を上げて、智也と目を合わせようとすると。


「⁉︎」






「..........俺、ともくんじゃないけど?」







そこにいたのは“智也”ではなく、困ったように笑う千颯だった。








(え、千颯⁉︎ど、どうして⁉︎)




お風呂上がりなのか、髪の毛からはポタポタと水が落ちていて、いつものシャキッとした千颯より柔らかい感じだった。




高校生になってから、千颯がこんな時間に来たことなんてないのに。




「な、何の用?」





驚きを隠しながら笑うと。






「これ、母さんから」

ゴソゴソと袋からタッパーを取り出して、差し出してきた。


その中には。
私の大好物が入っていた。
千颯のお母さんの『卵焼き』だ。


「え⁉︎もらって良いの⁉︎やったぁ〜〜っ!!」



(おばさんの卵焼き、甘くて美味しいんだよねーーっ!!)

うちは、男二人、女は私一人だから、お弁当にはしょっぱい卵焼きばかり。




しょっぱいのも美味しいけれど、私は甘い方が好き。










でも、智也にも、お父さんにも「甘いのにして!!」なんて、子供っぽくて言えないから、知っているのは、私の幼馴染5人だけ。




最近は、千颯とあまり遊ぶ機会がなくなっていたから、おばさんの甘い卵焼きをもらえるのは、結構久しぶりなんだ。


だから、ものすごく嬉しい!!


さっきまでどん底だった心が一気に癒された気がする。





喜ぶ私をまじまじと見つめる千颯。

なんというか.........伺う感じで。



「.........千颯?」

どうしたんだろう?



私の顔に変なものとかついてるのか⁉︎





自分の顔をペタペタと触るけど、異物はなさそうだった。



本当に、なんだろ............?







首を傾げたその途端。





千颯は、私にぐいっと顔を寄せてきた。













「っ、⁉︎」


突然の至近距離。






吸い込んでしまいそうな綺麗な目。
女子より白いすべすべの肌。




千颯の端正な顔が間近にあって、さすがの幼馴染の私も、耐えられない!!





ち、近い近い近い近いっ!!



なんでこんなに近寄ってくるの!

少し動きでもしたら、鼻と鼻がぶつかるであろう距離。






幼馴染でも、この距離はダメだっ!!!!

千颯!距離感、バグってるよ!!





離れて、と言おうとしたとき。






「..............なにがあったの」




千颯はそう聞いてきた。


少し不快そうに、眉を寄せている。






「え?」

(い、いきなり、どういうこと?)

訳がわからず聞き返すと、







「目、腫れてる」
目尻あたりを親指ですっとなぞられる。





「っ」

咄嗟に、バッと目元を手で覆い隠す。


(は、腫れてるの⁉︎)

さっきの、号泣のせいなのかな。





鏡なんて見ていなかったから、自分の目が腫れていることにさえ気が付かなかった。






———————そんなに腫れてた?


———————泣いてたのバレてるの?





「き、気のせいだよっ」


誤魔化そうとするけど。


「嘘。さっき泣いてたんでしょ?」

「ち、違うよっ」





首を振ると、千颯ははぁー、とため息をつく。



「嘘つくの下手すぎだし。目、泳いでるよ」


「....!」











..........鋭すぎる。





隠そうとしても、もう、遅かったみたい。


私が泣いていたこと、わかっているんだ。





あ〜あ、バレちゃった。
言うつもりなかったのに。
っていうか、バレるはずも、気づかれるはずもなかったのに。



無言で視線を足下に向ける。



千颯に泣いていたと知られたことが恥ずかしくて。




目を合わせるのが嫌だった。






すると。



頭に温かい感触がふってきた。



「....?」

すっと目を向けて見ると、千颯が、下を向いている私の頭を、ポンポンとなでていた。





その手がとてもぎこちなくて。


壊れ物を扱うかのように優しくて。



「..............瑞希が言いたくないなら、俺、無理に聞かない」




「え......」




てっきり、根掘り葉掘り聞かれるかと..........。






「..................辛かったんだろ?」



千颯は、そう言ってくれた。



私は、コクっと頷く。










不器用だけど、千颯なりに励ましてくれてるんだろうな。








辛さよりも、千颯の温かさで安心して、また泣きそうになってしまった。








そっと口を開いた千颯がなにかを言おうとして、やめる。



「あとさ、んー、と、あのー、さ」





なぜか、すごく歯切れが悪い。




「?」


「あー、............ちなみに、悩みとかなら、俺、聞けるよ」





とぎれとぎれに千颯が言葉を紡ぐ。




自分で言いながら、恥ずかしそうに目を逸らす様子がおかしくて、つい、ふきだしてしまった。





「笑うなよ」

ジロッと私を睨んでくる千颯。

「.............ううん、ありがとうって思っただけ」

本当は笑いそうだったけれど、まあ、なんとか我慢した。


それに、感謝しているのは本当だから。




「..........人に話したら楽になるって言うだろ?」





なぜか真剣な顔で見つめてくる千颯。








..................千颯の透き通った目を見たせいかな。


今日のことを、千颯に聞いてほしくなってしまう。


「.................今からでも、聞いてくれる?」


そう尋ねると、


「いつでも」


と笑って返してくれた。 




私は、千颯に、今日のことを、かくかくしかじかを、話した。




先輩という好きな人のこと。



愛梨から聞いた先輩の話。



走っていたときの先輩のかっこよさのこと。



バス停に着いた時の緊張のこと。



断る時も優しかったこと。



胸がえぐれそうなほどかなしいこと。






千颯は、私が話していることをなにも言わずに聞いてくれて。



聞き終わった時は無言で頭を撫でてくれた。




............んー、千颯と話したおかげで、なんか軽くなったなぁ。







「千颯。聞いてくれて、ありがと」





「ん、聞くだけならできるからさ」





そういっていたずらっ子のように笑った千颯。





「今度、千颯が話したいことあったら聞くね!!」





今日の恩返しがしたいからさ!!



ニコッと笑うと。




いきなりすん、と真面目な顔になった千颯。



「..........じゃあさ、今聞いてもらうのもアリ?」


(⁉︎)


「えぇっ⁉︎べ、別に良いけど.........」






早くない⁉︎千颯も話したいことがあったの⁉︎







驚いて目を開いていると。













いきなり手を引かれて。



















千颯の顔が近づいて。




















ちゅ。

















柔らかくて温かいものが、唇にあたった。























「.............................え」



い、今のって。













—————————き、キス⁉︎







(えぇぇぇっ⁉︎ど、どどどどういうことっ⁉︎)








混乱して、唇を手で押さえる。

















私、今、千颯と。





キス、したの...............?







戸惑いを隠せない私を、千颯はもう一度ぐいっと引き寄せて。






「っ、⁉︎」







目を開けると、私は千颯の腕の中にいた。















「俺さ、瑞希のこと、好き」


「!」
(は、はい⁉︎)


突然の告白。





しかも、仲のいい幼馴染から。







さすがに受け止めきれないよ。






そんな、いきなり。









「ご、ごめっ」








断ろうとしたら、大きな手で口を塞がれた。






「どうせ、幼馴染のまま、そのままでいたい、とか思ってるんでしょ?」






!!!!


.................まぁ、うん、その通りだけどっ!!


















「今までこの気持ち、隠してたから、そうなって仕方がないんだけどさ」




.................うん。全然気づかなかったよ。




私の様子を見て、切なそうに笑う千颯。




「だから」











「え?」













千颯と私の視線が噛み合う。


















「瑞希に俺のこと好きにさせてみせる」













「は、」



はぁぁぁぁぁあっ⁉︎



だ、か、ら!!





私たちは、ただの幼馴染で!!







それ以上でも、それ以下でもないの!!



千颯は、腹をたてる私を見て、ふっと笑みをこぼす。

「ただの幼馴染だと思ってるんでしょ?」









ゔ、ま、まぁ、そ、そうです。



私の心の声、聞こえるのか...........??





「俺、瑞希に好きって言わせてみせるよ」






綺麗な弧を描く唇。



ニヤッと笑う千颯はやっぱりかっこよかった。





「覚悟しといてよ」




そう言って不敵に笑った千颯は、もう、幼馴染じゃなくて。










——————————一人の男の人だった。
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