国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
プロローグ
 なぜパイプオルガンの音はこんなに胸を締め付けるのだろう。
 香椎律華(かしいりつか)は感動のため息をついた。

 さきほどまで、音楽の渦の中にいた。
 一台で奏でているとは思えない重奏のような響き。切なさと重厚さが交錯し、最後は心の淀みを昇華するように神聖に神秘的に高みへと昇って行った。

 コンサートはもう終了していて、人々が席を立つ。
 律華は少しでも長く余韻にひたりたくてまだ座っていた。
 人々があらかた外に出たのを見て、あきらめてロビーへ出た。

 同じように酔いしれた人、感動した人、歓喜に興奮する人々でロビーはごった返していた。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。2Lの15番の席に座っておられた女性のお客様。おられましたら受付までお越しください」

 突然の放送に、律華は首をかしげた。
 2Lの15番は自分が座っていた席だ。

 忘れ物かな、と受付に向かうと、楽屋へ案内された。
 なにが起こっているのだろうと思うが、聞けなかった。

 こんこんこん、と扉をノックすると、中から男性の返事があった。
「お連れしました」
 彼女は律華を部屋に残して去った。
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