国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
 律華は憂鬱に夜道を歩いた。
 うつむいた目に映るのは黒々としたアスファルト。まるで未来を暗示するように真っ黒に伸びている。

 彼と再会できた喜びは、いっきに萎んだ。胸を占めるのは恐怖と虚しさだ。
 蕾羅に会うだけでこんなに怖いとは思ってもみなかった。思った以上に、いじめの陰は色濃く自分を支配していた。

 いじめられて以来、人と接するのが怖くなった。暗いと言われるのではと怯え、この怯えが次のいじめを呼ぶのではとさらに怯えた。
 蕾羅は中学からは私立へ行き、律華はホッとした。

 中学、高校では人に打ち解けることができず、友達は少なかった。
 大学では少しは吹っ切れて友達もできて楽しく過ごせた。
 いじめのことはしだいに記憶の片隅に追いやられた。だが、白いワンピースについた黒い染みのように、心から消えることはなかった。

 そうして今日、現実を思い知った。

 自分はイベント会社のしがない事務。
 だが、自分をいじめていた蕾羅は広告会社で華々しく活躍している。

 どうして加害者が成功するのだろう。どうして被害者がみじめな気持ちにならなくてはならないのだろう。
 思って、ため息をつく。

 仕事で成功したのは、彼女が努力した結果だし、自分は広告会社などの華やかな世界で仕事をしたいとは思わなかった。
 当然の帰結だ。
 だけど。
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