国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける

　律華はぎゅっと唇を結んだ。
　もしあのいじめがなかったら、自分はもっと明るかったかもしれない。広告会社などに就職し、活躍していたかもしれない。
　仮定の話など無意味だ。わかっているのに考えてしまう。

　スマホが鳴って、奏鳴からのメッセージを伝えた。
　家についたら教えてね、心配だから。

　見た瞬間、目頭が熱くなった。
　もう考えるのはよそう。
　目を拭い、背筋をぴんと伸ばした。

　彼女とは二度と会わないだろう。
　それよりも彼との再会の喜びを胸に残そう。

　律華は聖者の行進を口ずさんだ。
　耳になじんだそれは、セカンドラインなのだと大人になってから知った。ファーストラインは死を悼む重苦しい楽曲だが、セカンドラインは明るく華々しい。天国へ行く魂を祝福しているのだ。

　暗い夜道を照らす照明が、なんだか急に頼もしく見えた。



　奏鳴からは頻繁に連絡が来た。
　ずっと友達だったかのような距離感に戸惑ったが、不快ではなく楽しかった。

　今日はエビフライ定食を食べたよ。おいしい！
　かつ丼、最高！　名古屋で味噌カツ丼を食べてみたい！　ドイツには日本みたいな丼物はないんだよ。