国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「一つの音を聞いて別の音がどれくらい高いか低いかを当てられる能力、かな。金管楽器だと、楽譜と実際に出る音が違ったりするから、相対音感で修正して音を出すんだ。おかしいよね、楽譜と違うなんて」
 彼は両手を広げて、参ったのポーズをした。
 初耳だった。楽譜は絶対なのだと思っていた。

「標準ピッチっていうのがあって、世界的には20度の室温のときにラの音であるAが440ヘルツって決まってるんだ。最近の日本では442くらい。昔は標準がなかったから時代とか国によってさまざまで」
「待って待って、専門的な話は無理。ヘルツとか聞いたことあるけどわからないよ」

「ごめん」
 彼は照れくさそうにグラスを口に運んだ。大きな手に長い指が美しくて、律華はうっとりとその手に見惚れた。この指が、天上に流れるような繊細な音楽を奏でるのだ。

「どうしてオルガニストになったの?」
「父親もオルガニストなんだ。だから小さいころから、身近だった。気が付いたらオルガニストを目指してた」

「すごいのね」
「たまたま音楽とそういう出会い方をしただけ。でも俺は恵まれてる。弾く環境があって留学までできたから」
 すごくお金がかかっただろうな、と下世話なことを考えてしまった。

「結婚式でパイプオルガンの生演奏があったら素敵よね」
 ふと思いついて言ってみる。
「じゃあ俺と結婚する? 弾いてあげるよ」
 律華は噴き出した。
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