国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「新郎不在になっちゃうじゃない」
「そっか、困ったな」
 こんなジョークを言う人だったんだ、と律華は苦笑した。

「微妙な年齢の女性に結婚なんて冗談でも言っちゃダメよ」
 一応の釘をさすと、奏鳴はふふっと笑った。



 食事を終えると、二人はほろ酔いで店を出た。
 すでに夜は街を包み、街灯は地上に近付き過ぎた星のように明るい。
「今日はすごく楽しかった!」
「俺も」

 奏鳴が律華の手を握る。
「こんなに人が少なかったら迷子にならないでしょ?」
「なるよ。だから離しちゃダメ」
 彼はさらにぎゅっと手を握り、律華は苦笑した。
 なんだか恋人みたいでくすぐったくもある。

 街路樹の並ぶ道を、二人で歩く。
 駅が近付くにつれ、二人の歩調は遅くなった。自然と立ち止まり、見つめ合う。
「また会えるよね」
「もちろん」
 律華が答えると、彼は律華を抱きしめた。

「奏鳴さん、ここは日本だから!」
 律華が慌てると、奏鳴は体を離した。切なげなまなざしに、律華の胸がどきっと一際大きく音を立てた。
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