国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
律華はとっさに奏鳴から離れた。
と同時に、楽屋での蕾羅の様子を思い出した。
彼女は奏鳴に抱き着き、媚びた視線を投げかけていた。
ということは、彼女も彼が好きなのだ。
その可能性に気が付き、のぼせていた気持ちが一気に冷めた。
「夢藤さん、だっけ?」
不快げにいう奏鳴に、彼女は蠱惑的に首をかしげた。
「そうです、蕾羅です。お邪魔だったかしら」
「そうだね」
不機嫌に奏鳴は応じる。
否定しないんだ、と律華は驚いた。
「奏鳴さん、その人とは仲良くしないほうがいいですよ。彼女は昔から問題があって」
蕾羅の言葉に、奏鳴は表情を険しくした。
にたにたと笑う彼女に律華の心臓は大きく震え、体をぎゅっと縮こまらせた。
「彼女に問題なんてない」
「いじめられたって嘘をついて人の気を引く卑怯者ですよ。国宝級と言われている奏鳴さんにふさわしくないです」
律華は絶望して言葉を失った。
どうしてそんな嘘を平気で言えるのだろう。
言い返すこともできず、うつむいてただ震える。
もう大人なのに。
なのに、子供のころの恐怖に囚われ、身動きがとれないなんて。
「俺の恋人を悪く言わないでくれる?」
彼の怒った口調に、律華は思わず顔を上げた。
彼は律華をかばうように立っていた。