国宝級オルガニストは初恋の彼女に甘く口づける
「あら?」
 気付かれた。
 律華は顔をそむけた。

「あなた、ここで働いてたの」
 にたにた笑いがわかるような声音だった。獲物を見つけた蛇の喜び。

「お知り合いで?」
「ええ、ちょっと」
 言って、蕾羅は立ち上がる。

「彼女がいるなら、こちらの会社と仕事をすることはできません」
「は?」
 営業が目を丸くして、間の抜けた声を出した。
 蕾羅はそのまま事務所を出て行った。
 あとには呆然とした営業と、震える律華が残された。



 蕾羅が帰ったあと、律華は上司に会議室に呼び出された。
 課長と営業部長が居並び、律華は小さくなって椅子に座った。

「夢藤さんが、君がいるなら仕事ができないと断ったそうだけど、なにをしたの?」
「なにもしてません」
 視線を落とし、答えた。
 奏鳴に追い払われた恨みを自分にぶつけているのだろう。
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